第一章 薄紅色の桜と群青の雨

8/9
前へ
/10ページ
次へ
 私は家へと帰り母に買ってきた物を渡し部屋へと戻りベッドに寝そべった。まだ、さっきの事が頭から離れない。目を瞑ると彼の悲しげな表情、彼の後ろ姿を思い出す。何故こんなにも心を動かされてしまうのだろうか。 「─えちゃん」 「……」 「おねーちゃんってば!」  妹の声でハッとした。もう30分以上も時が経っていた。妹のしかめっ面が扉の隙間から見える。妹の周りは赤く怒っている。 「ご飯だよ!!」  そう言うと扉をドンッと閉め階段を降りていった。私は一体どうしてしまったのだろうか。次の日になり学校へと向かう途中いつものように、ひなと合流した。ひなは私に喋っているが私の耳にはひとつも入ってこない、昨日のことで頭がいっぱいになっている。 「ねぇー茜。話聞いてる?」 「え!?あーえっと。うん」 「昨日何かあった?」  昨日の事を話すべきだろうか。何かやましい事があった訳では無いが言いたくない、ひなに何か言われるに違いない。 「クンクン…」  ひなはいきなり私の前に来て犬のように匂いを嗅ぎに来た。 「え…どうしたの」  私は咄嗟に聞くが、まだクンクンとしている。すると、匂いを嗅ぎ終わったのか私を見て言った。 「男の匂いがするねー」 「ッ!?」  一瞬背筋が凍った。私は一言も昨日の事は口にはしていない。これがひなの勘ってやつなのかは分からないが的中している。 「男?なんのこと?」 「とぼけるな!私の鼻は誤魔化せない!」  昔からひなは鋭い勘を持っている。いつも私の隠し事を見抜いては私を問いただす。こういう会話はもう慣れっこだ。 「チッ…君のような勘のいいガキは嫌いだよ」 「やっぱり男じゃん!」  目をキラキラさせながら嬉しそうに私を問いただす。今のひなは悪魔にしか見えなかった。 「ねぇー教えてよー!彼氏?それとも好きな男でもできたの?どっちー!」 「どっちでもありません!」  ひなに強く言うが彼女の疑いの目は、まだ向けられている。これは少し面倒だが昨日の事を話した方が少しは誤解は無くなるだろう。 「ひなが思うような事じゃないよ。昨日ね…」  昨日の事を話した。私が話終わると、ひなは何かを言おうとしている。彼女の周りの色が変わっていく、私を疑っている時は黄色だったが次第にオレンジ色になっていく。少し嫌な予感がした。私の勘は良く当たる、特にひなの行動ともなるとほぼ100%だ。 「ふむふむ、昨日そんな事があったんだ…」  そう言うと少し間を置き、続けざまに私に言った。 「で…いつ告白すんの?」  私の勘は的中した。ひなの言動は分かりやすい共感覚がなくても当てれそうだ。 「だから、そういうのじゃないってば!」  ひなは面白そうに私をからかう。いつだって彼女は楽しそうだ。ひなの周りの色がそれを物語っている。黄色、オレンジ色、桜色などと、まるで芸術家が描いた名画のような色使いで私を惹き付ける。明るく素直で頼れる、ひなの周りの人達もそんな所に惹かれていくのだろう。  学校に着き授業を受け淡々と時間が過ぎていく。いつもと何ら変わりない時が無情に過ぎ私を置いていくようだ。6限が終わりそうな頃に小雨のようなものが降り始めた。 「えー嘘。雨じゃん」 「まじかよ、傘持ってきてねー」 「天気予報、晴れだったじゃん!」  クラスがざわつき始め、皆雨に夢中になっている。授業が終わった後には小雨から豪雨に変わっていた。 「これだから梅雨は嫌いだ」  吐き捨てるように私は愚痴をこぼす。しかも、この前の事を思い出し余計にモヤモヤする。教室にはもう私しかいなかった。ひなは今日は用事があるから帰ると言っていたし雨が降っているせいか、いつもより皆が早く帰って行った。 「はぁ…どうしよう」  ため息しか出ない。最近ろくに寝れてないし学校もテストやらなんやらで忙しかった。溜まっていた疲れが一気に押し寄せてきて何もする気が起きない。学校の図書室なら誰も居ないし落ち着けるので私は教室を後にし図書室へと向かった。図書室に着くと私は倒れるように机に突っ伏した。雨音だけが部屋に満ちている。まるで、雨が音楽を奏でるようにリズムを刻みより一層、私を眠りにいざなった。か澄み切った私の視界は青緑で、この時初めて梅雨というものが美しく見えた。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加