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Memory6.金色の空
長く伸びきった紫色や青色の草をかき分け、穴へと突き進む。
約束の時間は6時だけど、心の準備のために早めについておきたかった。
草むらを抜けると、そこにはいつもどおり、穴があった。
息を弾ませ、じっと闇を見つめた。
この穴は、いつからここにあるのだろうか。
ここに落ちた人は、どうなるのだろうか。
気になっていことだ。
この穴は、もしかすると······。
ガサガサガサ~!
草を踏んだような音がした。
誰かいる!?
音がした方を見ると、くしゃくしゃ頭の子供が、草むらの中でうつ伏せに倒れていた。
「リュカ?」
「いでー」
リュカは不格好に起き上がると砂だらけの身体をはらっていつものヘラヘラ顔で僕の方によってきた。
「えっへへ~」
どうして······。
「ねぇ、レイ。昨日はごめんね。レイが優しくないなんて、そんなわけないのにさ」
······え?
こいつ、謝りにきたのか?
どうして、謝るのは僕の方なのに。
リュカは僕の隣に両腕を広げてドスンと腰掛けた。
僕も座るよう腕をひっぱるので、座った。
よくみると、右手になにか持っている。
僕の視線に気がついたリュカは、「じゃーん」と、花と蝶の装飾がほどこされた、ライムグリーンに輝く古い鏡のついた杖を僕に向けてみせた。
「あげる~」
「え?」
くれるのか?
でも、こんな高価そうなもの、どうしてリュカが持っているんだ。
僕は嫌な予感がして顔をしかめた。
まさか、またとったんじゃ······。
僕の顔を見たリュカは、不満そうに口をとがらせた。
「なにぃ?その顔。これは、お婆ちゃんの形見だよ」
形見?
「なんで僕に?自分で持っておきなよ」
「なんでって、いつももらってばっかりだから」
僕は昨日リュカにはなった、酷い言葉を思い返した。
気にしているのだろうか。
「······昨日は、悪かった」
ボソッと呟くと、リュカは首をかしげた。
「ええ~?悪いのは僕だよ。ちょっとレイに頼りすぎたかもぉ」
リュカは、鏡にはーっと息をふきかけ、服の袖で拭いた。
「この鏡の杖には魔力があってさぁ、能力のある人だと、人間でも魔法が使えたりするんだぁ。僕は、何度やってみても使えなかったけど、レイならきっと使えるよ。僕、少しでもレイの力になりたいんだ。お願い、受け取って」
「······わかった」
受け取っていいのかわからなかったけど、拒めなかった。
僕にプレゼントを渡したことが嬉しかったのか、ごきげんに鼻歌を歌っていたリュカだが、
ぐぅー。
どうやら、腹に虫がいるようだった。
そうだ、と僕はリュカに食べ物を持ってきたのを思い出した。
背負っているバックを腕にかけ、大きなチーズとシュークリームを取り出した。
「レイ、いつも思ってたけど、それ、くさるよ」
「どうせ昨日もあまり食べれていないんだろう。食べておけ」
「え、でも······」
僕はチーズの袋を開けてリュカに差し出したけど、リュカは迷ったような表情をして、受け取らなかった。
「昨日のことは、僕が悪かった。気にしなくていい」
むりやりリュカの手に押し付ける。
「ありがと」
もぐもぐと口を動かしながら、リュカは「美味しい」とニコニコ笑った。
「レイは、優しいなぁ」
優しくなんてない。
今までお前をなんでも言うことを聞く便利な奴として扱ってきた。
「ねぇ、レイ。僕さぁ」
「なに?」
「僕ね、左眼が······ないんだ」
リュカは、いつもどおりの笑顔で微笑んだ。
「知ってる。どうしてないのかは知らないけど」
「傷つけられたんだぁ。ホントはオッドアイだったんだよ?父さんが吸血鬼だったから、赤と黒。母さんは、人間だった」
え······!
「本当に吸血鬼だったのか?しかも、母親は人間?」
「?うん。前にも話したよね?」
全く覚えていない。
「人間とのハーフってことでよくいじめられて、目までなくして、辛かった。でもレイに自分は吸血鬼と人間のハーフだって言ってみたら、『吸血鬼とかいう前に、もっと強く振る舞え』って言われてさ。そのほうがいじめられないからって」
だから泣くのをやめて、自分は吸血鬼と宣言し始めたのか。
でも、確かにリュカは異常なほど目が良かった。
それは、吸血鬼の遺伝だったのか。
「僕、レイ好きなんだ。だって、なんでもくれるもん。僕に、強さをくれたもん」
「リュカ······」
「レイ、君が僕にプレゼントをくれてたのって、僕を見下してたからなんでしょ?僕、それでもいいよ。それに、もうなにもいらない。なにもいらないから、また遊んで。僕と一緒にいて」
胸がねじれた。
グールに襲われた時、僕がリュカに対して一瞬感じた気持ちを、リュカは難なく口に出してしまった。
それほど、素直で純粋なのだ、リュカは。
そんなリュカを勝手に金目当ての冷酷やつだと決めつけて、見下して接してきた僕は一体何なのだ。
これが他のやつなら、「何いってんだこいつ、馴れ馴れしくしようとするなよ」などと冷たくあしらうだろうが、リュカは違った。
リュカだから、胸が苦しくなる。
僕が思うより、僕はこいつが好きなんだ。
でもそんなこと口が裂けても言えなかった。
僕が黙っていると、リュカは、うつむいて、やがて小刻みに震えだし、その頬に、涙がつたった。
「リュカ······」
なにか言わなければと思ったが、なにを言ったらいいのかわからない。
しかし。
僕は自分の思いを伝えなければならなかった。
リュカが僕にとってどれだけ必要なものだったか。
僕は汗をかきながら口を開いた。
「······リュカ、僕らは友達だったな」
「うん!」
リュカは泣きながら即答した。
今度は僕がうつむいて震えた。
「友達から、僕の親友に昇格してやる。なぜなら君は、僕と長々と友達をしてくれていた大事な存在だから。そろそろ、昇格してもよい頃合いだろう。」
身体が熱くなる。
くっ······。
言った······!!
きっと僕の顔は今、真っ赤になっているだろう。
リュカはしばらくポカンとしてから、
「ぶっ、なにそれ」
と、ふきだした。
なんだと······。
僕の渾身のセリフをなぜ笑う。
「レイらしい言い方ぁ~。なんでそんな偉そうなのぉ?」
リュカがツボにはまったように、いつまでもケラケラと笑うので、なんだか僕の方までおかしくなってきて、
「あは······」
と、ふきだしてしまった。
こんなふうに笑えるのはいつぶりだろう。
こうやってもっと素直になればよかったんだ。
幼い頃、リュカとこうやってチーズを食べながら談笑していた。
あまり思い出さないようにしていた、とても大切な記憶。
懐かしい、温かい。
笑い声は唐突に嗚咽へとかわり、涙が溢れ、握りしめた手にこぼれ落ちた。
ずっと、欲しくてたまらなかったもの。
どうして気づかなかったんだろう。
これまで、ずっとずっと手に入れたいと思っていた金書。
でも、本当に必要だったのか?
僕は、本当に世界を支配しなくてはならなかったのか?
この赤い世界は、僕が思うほど悪いものではないのかもしれない。
リュカが慌てた様子で顔を覗き込んできたから、こっちも慌てて涙をぬぐった。
どうでもいいか。
いままで何度も無関心にとなえていた言葉。
なぜだか今はとても気分がよく、満たされていた。
「レイ~、どうしたの、なんで泣いてるの~?」
「ちょ、やめろ」
抱きついてくるリュカの肩を掴むと、手が震えていたのに気がつく。
僕はギュッと目を閉じて、リュカの背中を強く抱きしめたのだった。
「レイ?」
「リュカ、いつも遊んでくれてありがとう」
そうつぶやくと、自然と笑みがもれた。
「えへへ」
リュカも嬉しそうに笑っていた。
キラキラと金のつぶが、僕らのまわりに集まる。
ん?なんだ?
いくら感動的なシーンでも、こんな仕掛けは用意していないぞ。
「わぁ!レイ見てみて!」
リュカは僕から離れて跳ねるように立ち上がると、はしゃいでくるくるまわり出した。
つられて見渡すと、あたりには金色に輝く蝶がヒラヒラと舞っていた。
美しい装飾のような羽は薄く、とても繊細に見えた。
蝶はゆっくりとまたたき、空高くに集まる。
そして、黄金の光がキラキラ輝きはじけとんだと思うと、赤紫だった空は金色に変わっていた。
「うわー!スゴーい。なんていう蝶だろ?」
「わからない」
わからないけど、とても綺麗で、幻想的な光景に、僕達は見とれた。
いつもならきっと、気味が悪いと思うだろうけど、今日はなぜか違った。
しばらくすると、空は元の赤紫色に戻っていった。
「いいもの見たね」
「ああ」
そうやってしばらくの間、笑っていた。
いつもどおりの暗い空が、まだ金色の光が残っているかのように、明るく見えた気がした。
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