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太陽が主張を続ける昼下がりの公園に、人は居なかった。鳩や雀が口ばしで土を挟んでは落とすという、私には無駄だとしか思えない行動を繰り返しているだけだ。
不意に手元のスマートフォンから通知音がした。目を向けると登録しているマッチングアプリからお知らせが来ている。すぐに開くと、私がさっき足跡をつけた程よいイケメンという雰囲気の男の子からメッセージが届いていた。『写真見たけど、お姉さんすっごく可愛い♡夕方から暇してるなら、今日ご飯とかいっしょにどう?』
昼過ぎのこの時間に反応できるということは、相手は講義中でもスマートフォンを弄る不真面目か、単位を既に大方取り終えた暇な大学生である可能性が高い。勿論、たまたまこの時間空いていた可能性もある。近所の有名私大に通っているというプロフィールが嘘の可能性もなくはない。とりあえず、すぐに会う約束を取り付けようとする辺り、ワンチャン狙いの血気盛んな雄で、プロフィールから社会に出て働いていることがわかっている年上女性にあっさりタメ口をきいて親近感を出そうとするくらいにはチャラそうだと思われる。
今夜の相手を探している私には、ピッタリの逸材だ。すぐに色よい返事をして、約束を取り付ける。
メッセージを送り終えたところで、酷く寒気がした。一段落したとはいえ、まだまだ暑い。太陽だって、主張を続けたままだ。ということは、原因は気温ではないところにある。
スマートフォンの画面を消し、周りに注意を走らせる。そして、すぐに見つけた。座っていたブランコから腰を上げ、相手をじっと睨む。
「よう、乱夢。迎えに来たぜ。」
ブランコ周りの鉄の柵を避け、私に近付こうとしていたスーツを緩く着こなした男は足を止め、そのままニヤリと笑った。少しつり上がり気味の目に怒りが混ざって見えるのは、先入観のせいだろうか。
さっきまで確かに居たはずの鳩や雀は何かを察知したのか、いつの間にか居なくなっている。
「任人。何でここにいるの。」
「そりゃ、乱夢を迎えに来たからだよ。」
「何で場所わかったの?言ってないよね。」
「あー、まぁ、愛のちから?」
「ふざけないで。また何か仕掛けたの?」
「それはもうバレて壊されたからしてないって。普通に推理しただけだよ。」
この任人という男は以前、私の鞄や靴に盗聴器や発信器を仕掛けてきた。彼はそういった機器を扱う仕事をしているから、詳しいのだ。私はすぐに違和感を覚えてそれを見つけ、ズタズタに破壊してやった。その際に大分お灸を据えたので、それはさすがにもうしていないだろう。ただ、この男は無駄に頭が切れる。推理したというのも、おそらく本当だ。厄介な能力だ。
私は小さくため息を吐いてから、再び口を開く。
「仕事はどうしたの?」
「午後から半休取ったんだよ。今日は満月だからな。」
「聞いてない。」
「言ってないからな。乱夢こそ、今日は有休らしいじゃん。聞いてねぇけど。」
「言ってないからね。何、職場に電話したの?」
「あぁ。最初はそのまま定時に迎えに行こうと思ったが、嫌な予感がしたからさりげなく探りを入れてみたら案の定、今日は休みだから来てないって。」
「また噂される。」
「大丈夫だって。ただの痴話喧嘩としか思われねぇって。」
「...それも含めて嫌なんだけど。」
任人は過保護が過ぎる。休みの日や私より早く仕事が終わる時は、必ずと言っていい程迎えに来る。職場の近くで待ってるだけだけど、それでも目立って、噂になっているのだ。恥ずかしい。
「ってか、今日の服ちょっと露出多くねぇか?脚も丸見えだぜ。誘ってんのか?」
「そんなんじゃないよ。」
確かにトップスは肩とデコルテが見えるデザインだけど、露出が多いという程ではない。私はアパレル関係で働いているのもあって、このぐらいは当たり前だ。今季の流行りだし。ショートパンツは、動きやすいし、何より今季の流行りなのだ。
というか、この任人という男は『乱夢は何着ててもそそる身体してるよな』なんて素面で言ってくる変態なので、私の服装は特に関係ない気がする。
「まぁ、俺相手だったら別にいいんだが。...乱夢、さっきスマホでなんかしてたよな?まさかまたマッチングアプリなんてやってないよな?」
任人のただでさえつり上がり気味の目が、さらにつり上がった。黒い瞳が、鋭く光ったような気がした。
背筋がぞくりと震える。
勘づかれている。いや、おそらくバレている。このままだと捕まって家に強制連行されて、すぐにベッドインだ。それは駄目だ。いつもと同じ流れになる。
任人が近付いてくる。ブランコ周りの鉄の柵を避け終えたから、私たちの間を隔てるものは、何もなくなってしまった。触れられたら、捕まったら、彼はきっと離しはしない。
勝負は今だ。
「...そん、な。」
「え、おい、どうしたんだよ?」
もう少しで距離がゼロになるという時。少し鼻を啜り、俯き加減に瞳を潤ませながら、そっとそう呟いた。
案の定、彼は急にあたふたし始めた。
「私のこと、うたがう、なんて」
「や、だって、前科が」
涙目のままチラリと見上げると、彼は困ったように頭を掻いている。一瞬視線が合うと、少し赤くなってから、気まずそうにそれをそらした。
彼の注意が、私から離れた。
その隙に、彼がやって来た方向に向かい、一気に距離を取る。
「当然のことだよね。前科があるんだから。」
「は......あ、おい、こら...って、いっってぇ。」
そのまま私を追いかけようとしただろう任人が、さっきは余裕で避けられた鉄の柵にぶつかり悶える音が聞こえた。当然だ。私だけに気を取られた彼が、不注意からそれにぶつかるだろう方向に向かい、私は駆け出したのだから。
「ごめん。」
悪いとは思うけど、振り返り心配することはできない。彼は私より足が速いから、油断するとすぐに追い付かれる。いくら私は動きやすいショートパンツ、彼は少し動きにくいスラックスを履いていたって、この点は何ら覆らない。
まぁ、彼は頑丈だから大丈夫だろう。
そう理由付けして、私は一目散に公園から去った。
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