大人たち

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大人たち

今日は一人でお出かけ。 欲しかった秋物の服を購入し、ショルダーバッグを肩にかけ、紙袋片手にうきうきした足取りでコーヒーショップに来店。 アイスラテを注文して受け取ると、外の景色がよく見える窓際のイスにこし掛ける。 バッグはテーブルの上、紙袋はとなりのイスに置いた。 流行先取り、ニットチュニックゲットー! つぎはそれに合わせたショートブーツを買っちゃおうかな♪ 今みたいに気分がいいと、心が満たされてくる。 私はニコニコしながらバッグから小物入れのケースを手に取った。 中にはエメラルドグリーンの色合いに、ワンポイントの赤い花が描かれた付け爪と専用の両面テープ。 ネイルチップ好きな友人はいないんだよね。 透明なマニキュアする子はいるけど……。 私は好きなんだけどな~、試しに人差し指に付けちゃお。 さっそく付け爪の裏側に両面テープを貼り、左の人差し指にペタリと付けてみた。 そして顔に人差し指を近づけてじっくりと観賞する。 うんうん。キレイに貼れた! 上出来!!  夏っぽいカンジがいいね♪ その場でネイルチップを貼った指の写真を撮り、サキさんに見てもらおうとSNSにアップした。 彼女はネイルサロンでプロに任せてるけど、センスがいい人だから正確なオシャレの良し悪しの評価をしてくれる。 お墨付きがもらえたら両指につけてみよう。 デンマークの時差は七時間だから、しばらくしたら返事がくるだろうとアイスラテを飲みながら人が行き交う景色を眺めていると、表の道路をはさんた先に、父そっくりな男性を見つけた。 しかし子連れの親子らしく、父にそっくりさんのよこには妻と思われる三十前半くらいの女性と、低学年だと思う小学生の男の子がいた。 父は今日、仕事のはず――。 アレは別人だと思いながらも、耳元で心臓音が早く鳴ってくるのが分かる。 そしてエアコンがよくきいた店の中で、嫌な汗がほとばしってきたのだ。 すこし落ち着こうと、グラスにささっているストローを口にしようとするが、身体が震えて上手く持つことができない。 私は震える手で、さっき撮った写真を父のSNSに向けてアップしてみた。 すると父のそっくりさんはおろか、その親子は何事もないように歩いて行き、――やがて人ごみへとフェードアウトしていった。 私は親子を見送ったあと、疲れた顔つきのまま深く息を吐き出した。 ああ、似ているだけで父とは違うんだ。 経験上、着信音を消していてもいきなりバイブレーターが震えたらびっくりすると思うし……。 気を取り直してショートブーツを探しに行こう。 スマホを手にしたままさっきのことを忘れようと目をつむっていると、SNSからの通知がきたらしくブルブルっと震えだした。 おどろきのあまりに私は一瞬ビクッと身体をこわばらせる。 あわててSNSを開くと、サキさんからメッセージがきていた。 『KA・WA・I・I・NE♡』 ただそれだけだったが、それでもいつもの私にかえってこれたような気がする。 私はアイスラテを一気に吸い込んで、意気揚々とコーヒーショップをあとにした。 その一時間後、父から 『そのネイル、とってもステキだよ』 というメッセージが届いた――。 夕方、私が両手いっぱいに戦利品をもちかえると、玄関に知らないベージュ色のパンプスがきちんとそろえて置かれていた。 誰のだろうと首をかしげてサンダルを脱いでいると、応接間の方から母とマミさんの話声が聞こえてきたのだ。 あのパンプスは、マミさんのだったんだ。 うちにくるなんてめずらしいな。 と思いながら、一応ノックしてから私は応接間のドアをふだんのように勢いよく開けた。 するとそこには、青ざめた顔の母と涙ぐむマミさんの姿が――。 「ママ! どうしてマミさんを泣かせているの!!」 私が大きな声で母を非難すると、マミさんは首をよこにふって言う。 「エリカちゃん、違うの。……ヒサコおばさまは、悪くないの」 「エリカには関係のない大人の話をしているの。あなたは部屋へ行ってなさい」 ふるえて小さくなっているマミさんは『わたしが悪いの』と繰り言のようにつぶやく。 母はめずらしくヒステリックに騒ぐこともなく、泣いてばかりのマミさんに向かい合っていた。 どうやら私がいると話しづらいことらしい……。 気にはなるが、居てもいい雰囲気ではないので、おとなしく部屋に退散することにした。 それから二時間後にマミさんはうちから出て行ったようだが、母は食事の支度をすることもなく、無表情な顔つきで応接間のソファーに座ったままでいた。 仕事から帰った父も、面倒くさいのか応接間へは近寄らず、夕食は二人でファミレスへ行ったことは言うまでもない。
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