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思い出
――あれはいつごろのことだったか。
母が今と違って仕事一辺倒じゃなくて、家にいる時間が多くていつも私のそばにいてくれた。
二人で庭の花壇の世話をしていたと思う。
色々な花の種を蒔いて、四季折々の美しい花を眺めるのが好きだった。
特に冬の寒い時期にでもけなげに花開くユリオプスデージーは、さびしくなった庭でそこだけ活気のある花の力強さを見せてくれる。
『花が咲かない季節でもユリオプスデージーだけは花開くから、花言葉は”明るい愛”っていうのよ。エリカも明るく、みんなから愛される娘になってね』
こたつから冬の景色を二人で見つめながら、母は私に幾度となく優しい声でそう言ってくれていたこともあった。
また、私はよく庭の花を紙に描いては母に褒められていたこともある。
『エリカは絵を描くのがお上手ね』
と母は笑顔でそう言うと、私の描いた絵を大事に箱へしまう。
そして父が帰って来てくるとそれを見せていた。
すると父も私の絵を褒めてくれて
『これは素晴らしい! よし、エリカのこの絵を額縁に入れて飾ろう』
などと毎回大げさなことを言うのだ。
そこには私も父も母も笑い声があり、いつも笑顔があった。
思えば、あのころが一番しあわせだったかもしれない――。
今日と明日は父が出張で家を空ける。
父の仕事はわりと出張が多い。
年を追うごとに母との仲が険悪になってきているので、味方になってくれる父が家にいないのは正直つらい。
母と二人で息苦しい家に帰りたくないとサキさんにSNSでグチったら、
『それだったら、うちに泊まればいいわ! おばさんからお母さんに伝えとくから!!』
と即返事が返ってきたのには苦笑した。
うちからスープがぬるくなるくらいの距離にサキさんの家がある。
そこの家は有名な建築デザイナーが関わったという邸宅だ。
また一般的な住宅よりかなり広く、造園業者が総力を上げて造られたスペイン風のサラセン式庭園。
清涼感漂う木々と噴水、ゆったりとしたくつろぎを提供するパティオ。
足を踏み入れた瞬間に別世界へと誘われるような感覚におちいる。
うちのただ広いだけの古臭い幽霊屋敷と比べるのもおこがましい。
「エリカちゃん、いらっしゃ~い」
「お邪魔しますね。サキさん」
お手伝いさんに案内されて室内から中庭へ、サキさんはパティオの日陰でリラックスチェアに深々と腰かけていた。
膝の上にはサマーカットされたラグドールのチェリーが丸まっているのがみえた。
サキさんに手招きされ、指定されたハイバックチェアに座る。
そしてにこやかな笑顔でチェリーをなでながら、サキさんは優し気な声で私に言った。
「自分の家だと思ってくつろいでね。今日はあたしとマミしかいないから」
「えっ、マミさん帰って来てるの!? いつぶりかな? 会いたい、お話したい!」
「自分の部屋にいると思うから、あとでいってらっしゃいな。あの娘もよろこぶわ。……でも、アレよね。あの娘、変わっちゃったわ。女の子に一人暮らしさせるんじゃなかった」
私は久しぶりにマミさんに会えるとよろこんだのもつかの間、なんだか困ったようにため息まじりでサキさんはグチをこぼす。
「女の子なんだから明星学園の短大へ行けばよかったのに、一人暮らしがしたいからって遠くの大学に行ったでしょ? そこで悪いお友達が出来ちゃったみたいで、母親のあたしの言うことをちっとも聞いてくれなくなっちゃったのよォ」
「あのおとなしいマミさんが?」
「そうなの。主人は『もう成人した大人なんだから』って知らん顔。これだから男親はダメなのよね! はぁ……」
サキさんはプリプリしながらお手伝いさんが運んできたスムージーに口つける。
それを聞いて困った表情をして口元を引きつらせる私。
大人のグチはキライだ。
正直、聞くのも面倒くさい。
母もそうだが、私は便利なグチ吐き用のゴミ箱じゃないんだよ。
私はサキさんのグチをテキトーにあいづちをうってスルーしたあと、変わったというマミさんのことが気になり、彼女の部屋へと足を運ぶことにした。
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