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違和感
夕方、マミさんは地元の友人と会う約束をしていたらしく、夕食は私とサキさんだけとなった。
「主人は帰りが遅いし、息子たちも家を出ちゃってるからね。いつもは一人なの。だからエリカちゃんといっしょにお食事なんて、おばさんうれしいわ」
ニコニコ顔のサキさんと食堂へ移動すると、テーブルにはクリーム色のテーブルクロスが敷かれ、その上にはこげ茶色のランチョンマット。
白い皿の上には王冠折りのナプキンが鎮座している。
ナイフとフォークは皿の横に丁寧に並び、グラスは右上、そしてテーブルの中央には一輪挿しの青色に近い紫の桔梗がそえられていて、名の知れたレストランの装いを醸しだしていた。
「うわあ、今日は一段とステキです」
「あら、そう? うふふ。エリカちゃんに褒められるほど、あたしテーブルセッティングが上達したってことね」
「このレベルだと、サキさんはテーブルセッティングのプロってカンジ」
「もう! おばさん、本気にしちゃうわよ♪」
自分がセッティングした食器やカトラリーなどの配置を褒められ、上機嫌になったサキさんと楽しく会話しながら美味しい料理をいただく。
たまにホテルのレストランで父と食事するときや、こうしてサキさんの家でお泊りをするときにテーブルマナーを教わってきたので、キレイな所作ができてると自負している。
ちなみに母とは外食した思い出があまりない。
お金が大事なケチケチババアは、外での食事は贅沢だと吠える。
『お金を貯めるのがママの趣味なんだよ』と父がフォローするが、それでも私の贅沢のために使うお金を勿体ないと言いきる母は好きじゃない。
私の欲しいモノはみんな父が買ってくれた。
お小遣いさえも……。
母は一円たりとも私のためには使ってはくれない。
そういうことから母とはあまりいっしょにいたくない。
あの金貯め大魔神が近くにいるだけで気が滅入る。
だからここでお嬢さま扱いさせてもらって、センスのいいサキさんとの食事は心が癒される。
お互いを持ちあげる小気味よい話題を提供し合う中、私はサキさんの左の中指に光るものを見つけた。
「サキさんの左の指のピンクダイヤ。初めて見るけど台座がオシャレなデザインですね」
「あ~、コレ? 主人からいただいた結婚指輪をお直しした物なの。古いデザインのままだと身に付けるのが恥ずかしいじゃない?」
サキさんが左手を少し上げて、中指のピンクダイヤの指輪をうっとりとした表情で見ている。
パパのこと愛してるって言ってるクセに、他の男からのもらい物を平然と使ってるなんて、――なんだか気持ち悪い。
マミさんから聞いた、愛なんて必要ないという嫌な大人像が蘇る。
私がちょっとイラっとしていると、サキさんは続けて
「人の気持ちは変わるけど、ダイヤの輝きはいつまでも変わらない。エリカちゃんもそう、思わない?」
と今度は複雑そうな顔つきで問いかけてきた。
心にチクリと痛むような言葉だったが、それが何を意味するかまでは分からない。
私は正直に『分からない』とつぶやくと、サキさんは『子供だから分からない、か』と苦笑いしたあと、グラスを数回まわし赤ワインの香りを味わうように飲むのだった。
――その日の夜。
ゲストルームのベッドの上で、私がスマホ片手にSNSで父宛てにマミさんが帰宅している情報と、《お疲れさま、おやすみ♡》というメッセージを寝る前に送信した。
ふだんなら五分経たないうちに《おやすみ、エリカ》、もしくは早朝に《おはよう、エリカ。仕事で疲れてたのですぐに寝ちゃってたよ。ごめんね》と返事がきていたのだが、その日に限っては午前0時を過ぎたころ、まさに私がベッドで気持ちよく眠っていたとき返事が返ってきたのだ。
静かな部屋の中に鳴り響くスマホの着信音で目が覚め、眠気まなこで枕元のスマホを見ると、SNSから一通のメッセージが……。
私はあくびをしながらSNSのメッセージアプリを開いてみる。
するとそこには、父からのメッセージとは思えない文字が表示されていた。
《アンタ、だれ?》
と―――――。
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