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母
――夏休み。
父は出張がたくさん入っているらしく国内旅行ですらいけないなんて……。
仕事がひと段落したらどこかへ行こうと約束してくれたのでガマン。
この間のスマホのメッセージも『いっしょに出張へ行った後輩のいたずらだよ』と困った笑顔で教えてくれた。
人の物を勝手に使うなんて、失礼な社会人もいるんだなと思いながらも、父の優しさに感謝。
学園の友人たちは、みんな軒並みバカンスへ旅立ってしまった。
サキさんも日本の真夏の日差しを避けるために、しばらくデンマークで観光するらしい。
お土産が楽しみだけど、ちょっとさびしい……。
母は休みもなく、大好きな仕事に精を出している。
そして時間があると庭のユリオプスデージーの世話をせっせとしていた。
アレはもう、ユリオプスデージーに憑りつかれた哀れなババア。
誰からも愛されてない可哀想なオバサンは、みんなあんな風になっちゃうのかな……?
会社ですら、あんなブスじゃ誰も相手してくれなさそうだしね。
あーあ、ヒマな夏。
楽しいイベントもない長期休み。
そろそろバレエもつまんなくなってきたし、つぎは何にチャレンジしてみようかな?
私はベッドに寝そべってスマホをポチポチ。
ハマってる乙女ゲーの10連ガチャしたいけど、中二のときに母のクレカ使ったのがばれて大暴れされたから無理だなぁ……。
まあ家探ししても、母の通帳も印鑑もカード類も巧妙に隠されて見当たらなかったし、サイフは風呂場まで持ち込まれて、尚且つカギ掛けられてるから手をつけることもできないし――。
ホント、どこまでお金を死守したいんだろうね。
スマホ疲れてで目がしょぼしょぼしてきた。
私は目を閉じて深く息を吐いたのち、スマホをにぎりしめたまま寝息をたてるのだった。
暗闇の中、母のわめく声が耳に入ってきた。
父が帰ってきたのかも――。
誰かが刺激しないとアノ女はおとなしく表情のないロボットだ。
また家のことで口論になっているのだろう。
さっさとこの古臭い家を潰して新しい家を建てればいいのに……。
ウグイス張りでもないのにギュギュッと鳴る廊下や、戸が閉まりにくいふすまなど、不便な家に固執する母はどうかしている。
ゲンナリした顔つきで自室からでると、音の鳴る廊下を静かに歩く。
すると徐々に父と母の会話にならない声が聞こえてきた。
「もう、いい加減にしてよ! どれだけわたしがガマンしてると思ってるの!? それなのにあなたは――!!」
「落ち着こう。なあ、こんなことでいがみ合うことはないだろう?」
父が母をいつものようになだめているようだが、母の怒りは収まらない。
「いがみ合うって何?」
「そうケンカ腰になるなよ」
「いつもわたしを悪者にして、さも自分が悪くないような風に言うけど、みんなあなたが悪いのよ!!」
「悪い、悪くないなんて幼稚な考えはやめよう。それに今まで夫婦二人で上手くやってきたじゃないか」
「二人で上手くって……。ケンジさん、あなたは楽していいかもしれないけど、わたしがその分いらない苦労を背負いこんでるだけじゃない! もう、ウンザリよ!!」
わあっと泣きだす母。
背中をさすって落ち着かせようとする父の手をはらう。
「さわらないでっ!!!」
手負いのオオカミのような殺気のこもった瞳で、母は父を見つめる。
父はふうっとため息交じりの息をついた。
きっと母のヒステリーにあてられて、何も言えなくなってしまったのだろう。
父に優しくされてるのに、文句を言ったり暴れたりする母にはウンザリする。
こういうとき私が間に入っても、どうせ
『二人してわたしを悪者にしてー!!』
ってムキーッと発狂するんだ。
私は踵を返して寝直すことにするのだった。
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