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母親に言われ、俺は廊下を引き返した。リビングに置いていた鞄を持ち上げる間も、玄関での冷戦が聞こえてくる。
「ですから今、話をさせてください。大輝君はまだ中学生ですし、自分でちゃんと私たちのことを説明できないかもしれませんから」
「私が話をする必要があるのは息子とで、あなたとじゃありません!」
「まぁ、そう感情的にならないで」
「これでも最大限抑えています。誘拐罪で通報してもいいんですよ?」
「誘拐だなんて! 私が中学生の男の子を引きずってこの部屋に連れ込んだとでもおっしゃるんですか?」
俺のことで言い争ってると分かっていても、そのやり取りは頭に入らず右から左へと抜けて行った。
窓の外から、下の道路ではしゃぐ小学生の声がする。窓辺に寄ってレースのカーテンをめくると、向かいにあるのは自宅マンションだ。俺と兄貴の部屋は相変わらずカーテンが開けてあって、二段ベッドの布団の柄までよく見えた。
いっそここから飛び下りよっかな……
めんどくさいことが全部終わる。そう誘惑するみたいに、灰色の空に鳩が飛んでいた。
考えても遅いことは分かってる。でも、この部屋に来るといつも浮かんでくる、後悔。
カーテンさえ閉めとけば、こんなことにならなかったのに……
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