蒼いユニフォームを纏って

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蒼いユニフォームを纏って

『左サイドにはモーゼスが張っていた。さあ、ここから一気にドリブルで駆け上がるぞ。三人抜いた! お、ここからシュートだ! 決まった、決まりました! モーゼスのゴールネットを突き刺すような豪快な一発が決まりました! 日本代表が先制です!』  僕は自宅で妻の美香とともに、蒼いユニフォームに袖を通し、缶ビール片手に四〇インチの液晶型テレビに映るサッカー日本代表戦に釘付けになっていた。 「よっしゃ! ナイスゴールだぞ、モーゼス」  僕は何度も拍手をして、世界一美味い酒を喉に通す。 「ほんと、上手だよね。モーゼス君」 「ああ、そうだな。モーゼスはマジで最高だよ」  アルコールによって僕の語彙力も次第に下がっていく中、モーゼスはピッチの上で躍動し続ける。ありのままの自分を表現するように、次々と相手を交わしては、クロスやシュートを撃ち続ける。  試合が終わる頃には、スコアはすでに三対〇と大差をつけた展開になっていた。  八十九分。一ゴール一アシストと、完全に試合を自分のものにしたモーゼスが交代してベンチへ下がっていくと、来ていた観衆が一斉に拍手をして、彼の活躍を讃えた。 『日本代表戦、初出場のモーゼス選手は一ゴール一アシストを記録しました。中山さん、彼の活躍をどう見ますか?』  実況が解説の中山に訊くと、 『いやあ、彼は間違えなくMVPの活躍をしましたよ。今後の日本代表にとって、最高の逸材だと思いますし、これからも起爆剤として頑張ってほしいですね』  と熱いコメントを残した。 「良かったね、活躍して」  美香は僕に嬉しそうに言う。 「そうだね」  僕は二本目のビールを飲み干し、おつまみに買った衣ばかりの唐揚げを歯で砕きながら、彼との懐かしい記憶を思い出す。  試合が終了し、今はモーゼスがインタビューに答えている。 『この活躍は、今まで応援してくれた皆さんのおかげです。そしてここでゴールを決めたことで、ようやく日本人として活躍できたと思っています。これからもどうか、応援お願いします』  日本人として。彼の言葉が僕の心にずしりとのしかかってくる。そうだ。あのとき彼は、他の子供と見た目が違うことによって、小さくとも心を抉った『差別』を受けたのだ。  しかし彼は前を向いた。それはきっと、あのときの純粋な僕が発した言葉があったからかもしれない。  それは桜が散って路肩にかき集められた頃。四年生になったばかりの僕がいた教室に、突如転校生が入ってきた。 「彼はモーゼス君です。皆さん、仲良くしましょうね」  しかし彼のその見た目に、幼き僕は大層驚いてしまった。自分よりも十センチ以上大きな身長を持ち、手足もひょろりと長い。それに、肌の色が違う。世間知らずだった僕はただただ恐怖を感じ、最初は抵抗感すらあった。そして何より驚いたのは、彼が僕と同じアパートに引っ越してきたことだった。 「モーゼス君は、お父さんがナイジェリアってアフリカにある国の人で、お母さんが日本人なの」  お母さんは丁寧に説明してくれたが、当時の僕はナイジェリアを知らず、ハーフという言葉も聞き馴染みがなかったから、説明を聞いてもちんぷんかんぷんだった。  次の日からモーゼスと僕は同じ登校班で学校へ行くようになった。しかし最初の二週間ほどは、どうしても声もかけられなかった。ただ、僕は登校する度に彼の足元を見ていた。彼がいつも履いている真っ赤なシューズは、地味な僕の靴と比べても随分と派手なデザインだったからだ。それが気になった僕は、ある日思い切ってモーゼスに話しかけた。 「あの、モーゼス君」  しかし、話しかけた後で僕はとある疑問を抱いた。モーゼス君は日本語を話すことができるのだろうか。僕らと同じような姿ではなかったから、もしかして話せないのではないだろうか。ただ、モーゼスはそんな僕の偏見を吹き飛ばすように、 「どうしたの?」  と日本語で返事をした。 「あ、あのさ。その靴、カッコいい靴だね」  すると、モーゼスは僕に微笑んで嬉しそうに話し始めた。 「これかい? これは父さんのお下がりなんだ。カッコいいでしょう?」 「うん。すごくカッコいいね。」 「ありがとう。僕もすごく気に入っているんだ」  そんなわずかな会話から、僕らは毎日些細なことで話すようになった。登校班も一緒でクラスも一緒。おまけに同じアパートに住んでいる。接点が多かった僕らは、やがて家族ぐるみで付き合うようになり、気がつけば一緒に遊ぶ仲になっていた。  そんな僕らがこよなく愛していたのがサッカーだった。 「まさか、モーゼス君がサッカーが好きだったとは知らなかった。そうだ、放課後になると校庭でみんなでサッカーをやるんだけど、モーゼス君も一緒にやろうよ!」  僕が誘うと、モーゼスは目を輝かせて「誘ってくれるの?」と言った。 「もちろんだよ」 「ありがとう。僕もやりたかったけど、なかなか自分から仲間に入る勇気がなかったんだ」  そして彼は、将来の夢を語り始めた。 「実は僕、将来は日本代表になりたんだ。あの蒼いユニフォームを纏って、ゴールを決めるのが夢なんだ」 「日本代表、カッコいいよね。僕もなりたいよ」 「じゃあカズ君。二人で頑張って目指そうよ」 「うん!」  僕らはそんな素敵な約束を交わし、さらに友情が深まっていった。
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