第四章

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 二人分の惣菜を買って帰った。きっと仕事で何かあったのだろうからせめて美味しいものを食べて欲しい。環が仕事でクタクタになった時も哲郎が腕を振るってくれた料理があるだけで自然と笑顔になれた。環は本当に不器用で簡単なものしか作れないから惣菜に頼ってしまったけれどこれも相手を思うからこそ。きっと哲郎も分かってくれる。  せめて見栄えだけでも良くしようと皿に盛り付けていつでも出せるようにしておく。少し濃いめの味付けの手羽の唐揚げは哲郎の好物。きっとビールにも合う。他にも沢山のご馳走がある。全て哲郎の為に用意したもの。きっと最高のビールが飲めるから、早く帰ってきてほしい。 「ただいまー」  遅くなると言っていたがいつもよりほんの少しだけ遅いだけだった。玄関先から哲郎の声が聞こえてくるなり、飼い主を待っていた犬のように足早に玄関に向かう。一本の薔薇を握りしめたまま。一旦引き返して紙袋の中に戻そうかと思ったが、羞恥心よりも哲郎に会いたいという気持ちが勝った。 「おかえ……」 「驚いた?」  玄関には哲郎がスーツ姿で立っていた。ただいつもと違うのは身に纏うスーツが下ろしたてであること、そして。 「花束、デカすぎるだろ」 「俺も実際受け取った時は驚いた。百本で作ってもらったんだけどやりすぎたかな」  哲郎の腕には今時見ないくらい真っ赤で大きな花束が抱えられていた。 「貰い物、ではないよな……」 「ンな訳ないだろ。環へのプレゼント」  少し照れ臭そうにはにかんだ後、急に真面目な顔になる。哲郎はいつもそうだ。穏やか顔をして見せたと思ったら急に男らしい顔で、環を優しく包み込む。 「セックスの後にあんなこと言っても、環に信じてもらえないと思ったから。ちゃんとしようと思って」  差し出された花束を受け取る。ずっしりとした重みが哲郎の愛を表しているようだ。 「次の彼氏の繋ぎでいい、なんて言ったけど……やっぱりそれだけじゃ嫌だ。俺の隣に居てよ、ずっと。自分でもどうしてか分からないくらいに環のことが好きなんだ」 「本当に、俺でいいの?」 「俺には環じゃなきゃダメだ。環もきっと俺じゃなきゃダメだと思う」  真っ直ぐに射抜かれる。ああ、これが心から愛されるということ。ずっと怖がっていた自分が馬鹿みたいだ。哲郎となら環は全てを曝け出して生きていける。もう世間体に怯えて感情に蓋をしなくてもいい。 「環、幸せにする……いや、一緒に幸せになろう」  幸せで喉が詰まって上手く呼吸が出来ない。何度か深呼吸。それから哲郎にバレないようにそっと環の分の薔薇を、花束に紛れさせる。それから哲郎の胸に飛び込んだ。花束が潰れないようにして。 「俺もずっと一緒にいたいよ」 「ほ、ほんとに?」 「本音を教えて欲しいって言ったのはお前だろ」 「そうだけどさ。でも環が、こんな素直に」 「これからも何も隠さないで生きていきたい。だから、どうかよろしくお願いします」  照れ臭くてロクに顔も見れない。今哲郎はどんな顔をしているのだろうか。きっと締まりがない顔をしているにちがいない。想像して一人笑っていたら顔を包むように頬に手を添えられてグッと上に向かされた。 「環、ちゅーして良い?」 「……今更聞くなよ」  環の素直じゃないイエスもすぐに唇で塞がれた。何度も何度も角度を変えて味わうようにキス。舌が入ってくるのを受け入れていると身体が熱っぽくなってくる。これ以上はまずいと離れようとしてもガッチリと腰をホールドされて逃げ場をなくされた。 「馬鹿、玄関で盛るな」 「盛るなっていう方が無理だろ」  沸るような眼差しに不覚にも足元がよろめく。ただ哲郎が欲しいと思った。今までも薄々感じていた欲求が、通じ合ったことにより露わになる。 「ねぇ、だめ?」 「だめじゃ、ない」  間髪入れずにヒョイっと環をお姫様抱っこするような形で抱かれてそのまま寝室へと向かう。玄関に置きっぱなしの花束に悪い気もしたが今は哲郎に隅々まで愛されたくて仕方ない。心の中で百一本の薔薇達にそっと謝った。
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