赤とんぼ

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ゴーン、ゴーン  お寺の鐘が鳴る。  今日も一日が終わりだ。  仕事も終わり、俺は息子と娘をお迎えに幼稚園に行く。  まだ暑いのに赤とんぼが田んぼのあぜ道にそって群れて飛ぶ。  もう秋だなぁ。 「パパー」  幼稚園児が駆け足で自分の父の元に駆け寄ってくる。 「ママー」  男の子と女の子がお母さんの元に駆け寄ってくる。  他の子供たちは自分のパパやママが来るのを今か今かと首を伸ばして待っている。  先生が待っている幼稚園児のために絵本を読んでいるが、子供たちは上の空。  俺はまず息子の年長さんの教室に向かう。  廊下には子供たちが書いたパパママの絵が笑ってこっちを見ている。  たくさんの親御さんとすれ違いながら、我が息子はどこにいるのかキョロキョロ。  思わず美人の先生に目がいってしまう。  背がスラっと高く髪が背中まで長くて水色のエプロンをしている。  その目や口は賢そうで清楚な感じがする。  先生は教室の入口で、園児一人一人とじゃんけんしてバイバイしている。  子どもたちは先生とジャンケンしたくて順番待ちの列が長く伸びている。  一人一人とちゃんと目と目を合わせてお話して帰している。人気者だなぁ。  美人先生は今年春大学を卒業して入ってきた新人先生だそうだ。  若いのに頑張っている姿を見ると惚れそうになってしまう。  それより息子はどこだ?帰るジャンケンの順番待ち列に並んでいるのか?  あれーどこにもいない。  こっちにいたオールドミセス先生に聞いてみる。 「うちの子はどこですか?」 「ああタクちゃんですね。そこで寝ています」  うちの子は、教室の隅にお昼寝用の布団がしいてあって、そこでスヤスヤ寝ていた。  うちの子は3月生まれなので、この時期の1年の差は大きい。  一日幼稚園で遊んだり勉強したりすると、帰る頃には電池が切れてしまう。  先生が「パパが来ましたよー」と息子を起こす。  寝ぼけまなこで、フラフラ教室から出てきた。 「タクちゃん、また明日ね」  美人の先生が声をかけてくれた。  息子は聞いているかいないか分からない感じでフラフラと歩いて出てくる。  俺の方が「また明日」となぜかニコニコ顔で応じてしまう。  今度は娘をお迎えに年少の教室に息子と行く。  こちらの廊下にも似顔絵が貼られている。  どれも人間と思えない顔ばかり、目が輪郭からはみ出ているし・・・  でも楽しそうな雰囲気が漂う。  年少の教室にはほとんどの園児が帰って残るはあと数人だけだった。  娘はどこにいるのか首を伸ばして廊下の窓からのぞいて探す。 「いたっ!!」背の低い小さな可愛い女の子に追いかけられていた。  鬼ごっこしているのかな? 「らなー!!」俺が呼ぶと大きな声で「パパー」とニコニコ顔で手を振って、 かけっこしているそのままのスピードで俺のお腹に飛び込んできた。  小さな女の子は絵本を抱きかかえたままハアハアして立ち止まっている。 「追いかけっこしているの?」俺が聞く。 「千絵ちゃんがね、絵本読んでって言ってくるの」  小さな女の子は千絵ちゃんと言うのか。  千絵ちゃんは絵本を抱きかかえたまま目が何か訴えている。  うちの娘は4才だけど、お兄ちゃんがいるせいなのか文字が読める。  千絵ちゃんはまだ読めないようだ。 「読んであげればいいじゃん」 「読んであげているわよーー、今日はもう5冊も読んだんだよ」  なるほどね、それで嫌になってラナは逃げていたのか。  俺は千絵ちゃんに「また明日ね」と言ってバイバイした。 「また読んでねーー」千絵ちゃんが大声で言う。  ラナはエーーという顔をして千絵ちゃんにバイバイした。  幼稚園の門には大きな松が覆いかぶさってトンネルのようになっている。  その中をパパやママと手をつないで帰る幼稚園児の列が続く。  遠くには田んぼと山々が見守るように広がっている。  俺の両手にも息子と娘の手を握り歩く。  娘はスキップして、息子はダラダラと眠そうに足を引きずって歩くので、俺がまっすぐに歩けない。  俺は千絵ちゃんのあの眼差しを思い出して娘に言った。 「読んであげればいいじゃん」 「私は外のジャングルジムで遊びたいの」という冷たい返事が返ってきた。  赤とんぼが10匹くらい俺たちの頭の上を横切った。 「赤とんぼもお家に帰るの?」 「そうみたいね」 カーカー  カラスも帰る。空もだんだんとオレンジ色になってきた。    
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