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視界が開け、朔の記憶が弾けて消える。
苔むした小さな祠。綺麗にされた何の変哲もない透明な瓶。朔は近くの細い沢で瓶に水を入れ、枝を差した。
何度か通ううちに、他にも人が来ていると分かった。朔の手入れだけではここまで保てない。その辺りの花が差さっている時もあり、おそらく誰か一人だろうと思っている。重そうにする頭の均衡が取れる場所を探して枝から手を離すと、寂しげな場所も少し明るく思えた。
ここは無縁墓地だ。引き取り手のいない遺体を埋めるだけの場所。
一悟は外に行きたいと願い、そして絞られた枠からはみ出した人間だった。
審判雨。ここでは夕立がそう呼ばれる。
限られた夏の時期、その毎日に出立できるわけではない。天気をうかがい卦を立て、ようやく日取りが決まる。そして昼下がりを過ぎた頃に夕立がなければ出立を許され、わずかな時間でも降れば取りやめ、もしくは中断して引き返すこととなる。そして二度と、希望はできない。
行かぬが吉と天が判断を下した。天命に背いた先にあるのは死か不幸。
そう信じられているからだ。そう信じるこの町の人間が、代々その掟を守り続けてきたからだ。
ただの言い伝えを大げさに捉えすぎなのでは。朔も一度は思った。けれど実際に戻ってこなかった一悟が翌朝、命を落とした瞬間に立ち会ってしまった。
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