泥濘を征く

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 家族も兄弟も親類も交流の深いご近所もいた、引く手あまただったはずの一悟の亡骸は、朔の手が離れた直後にここに運ばれたらしい。まだ十だった朔の知らないうちに、一悟が引き返してこないと判断されたその時に、家族の縁も、その他全てをも断ち切られたのだと言う。お前もだ、と父親に言われた朔は、未だにその意味が飲み込めないでいる。  そして朔は思ってしまった。目の前で口を開けた恐ろしい事実に立ち尽くしていた朔に、違和感がささやいた。本当に、それが事実か? 迷信なのではないか、と。  一悟が背信者だと、面汚しだと誹りを受けなければならない人間だとは思えなかった。選ばなかったもう一方の未来を確かめることはできない。背いた町人は全員死ぬか、不幸になったのか。背かなかった町人は全員満足した人生を送り最期を迎えたのか。  考えれば考えるほどおかしく思えて、このある種閉ざされた町が、閉ざされているからこそおかしいのだと思った。  それならば、自身で確かめればいい。確かめるために、朔は外を知らなければならない。  朔は考え、密かに準備をしてきた。何日もまたいで山を越える体力を。過ごせる技術を。その後に使えるお金を。 「……できたんだ」  零れた声を風がさらったが、折り返しの返事は連れてこない。
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