9. シファール

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 異様な程白い長衣が目を引いた。  冴え冴えとした青銀の髪を鬱陶しげもなく頬にかけている。  くせのない細い髪の合間から覗く顔は端整だが、研ぎ澄まされた刃物のような美しさだ。  男の正体を知らしめる紅い瞳が意味ありげにルナを見やり、その這うような視線にルナは唇を震わせた。 「私……知ってる……」  そんな言葉が考えるよりも早くルナの口を衝いて出た。記憶はないのに、身体は鮮明に目の前の男を覚えている。 「知ってる、とは。随分とつれないことを言ってくれますね。私とあなたは、まごうことなき血の絆で結ばれているというのに」 「血の……絆……?」 「ルナ、耳を貸す必要はないよ」  (たしな)めるように言い、ハディスがすっと一歩前に出る。男は愉快そうに喉の奥で笑った。 「また邪魔立てする気ですか?」 (また……?)  引っかかりを覚え、ルナの心がざわつく。  男から隠すようにして立つハディスの背中。煌めく月光を纏いつかせた長い白金の髪が、風の軌跡を描いてさらりと靡く。  目にしているものが現在(いま)なのか、それとも過去の残影なのか、ルナは一瞬判断がつかなくなった。 (前にも、こんなことが……あった?) 「我が花嫁を攫っておいて、騎士気取りですか……」 (え――?)  男は自分の放った一言がルナの興味を引いたことを分かってか、声音を甘やかなものへと変え、ハディスの背後へと言葉をかける。 「ルナ、その男は私からあなたを奪った憎き者なのですよ」 「何を言ってるの? ……あなたは誰?」  男は笑みを湛えたまま、静かに答える。 「私はシファール」 「シファール……?」 「ルナ――」  ハディスの制止を無視して、ルナはのろのろと進み出た。  震えを必死に抑え込んで対峙するルナを見て、シファールは不快気に眉根を寄せる。 「ああ、大分薄れてしまいましたね。我らの絆を断とうとするなど、実に許し難いですが――」  言いさし、愉しげに口の端を引き上げる。 「その男が愚かしい行為を繰り返す様は、中々愉快でしたよ」  シファールに跳びかかろうとするハディスを、カイが腕を引いて止める。 「っ、カイ――」 「ルナは村の惨状を知ったんだ。もう何も隠す必要はないだろう?」  カイの言葉に、一つの真実がルナの脳裏を掠めた。 「じゃあ……私を城に閉じ込めたのは……?」  カイに腕を掴まれたまま、ハディスは沈鬱な面持ちでルナを見る。ルナの(まなじり)に雫が浮かんだ。村を失った悲しみと、それを知られまいとしたハディスの想いに、胸の奥が熱くなる。 「我らは生き血を糧に永劫の時を生きます。中でも、人間の血はとりわけ甘美です」  見つめ合う二人を見て、シファールは低い笑声(しょうせい)と共に言う。 「そんな我らにも、避けなければならない血があります。同族の血……それだけは禁忌(タブー)なのです」 (禁忌(タブー)――)  カイも前に言っていた、同族の血は禁忌(タブー)だと。しかし、それが何だと言うのか。そんなルナの疑問を見透かしたように、シファールは訊いてきた。 「何故、禁忌(タブー)だか分かりますか?」 「……分からないわ」  ルナは怖れを包み隠して答える。シファールはくつくつと笑った。 「毒なのですよ、自分以外の同族の血は。触れただけでも、不死の身に多大な損傷(ダメージ)を与えます。つまり、あなたの血はその男の命を奪いかねないのです」 (私の血がハディスを殺す? そんなの――) 「ありえないわ。だって私は……」 「人間、ですか?」  シファールがルナの言葉を攫い、嘲笑も露わに言う。 「感じませんか? あなたの身体に息づく吸血鬼の血を」  シファールの言葉に反応して、どくん、と鼓動が跳ねた。 (何……気持ち悪い……) 「ルナ!」 「思い出しませんか? あの甘美な瞬間を――」  シファールが近付いて来る気配に、ルナははっと顔を上げた。  血に濡れた紅い瞳、愉悦に歪んだ唇、その僅かな隙間から零れ落ちる白い牙―― 「いやっ――」  ルナは両手で顔を覆って震えた。記憶の奥底に封じ込めていた光景がまざまざと蘇り、ルナの視界を支配した。 (そうだわ、あの時、私はこの男の牙にかかって、無理矢理この男の血を飲まされて――ああ、でも、それよりも――) 「あなたが、あなたが村をっ!」  ルナは渾身の力を振り絞って叫んだ。 「どうして、どうしてなの!?」 「私の手にかかり、無残に死んでゆく者の断末魔は、どんな楽の音よりも心地良い」  紅い瞳が狂気に彩られ、生気のない白い腕がルナを引き寄せる。 「いや、放して!」 「ルナ! ――手を放せ、カイ」  鋭い視線で威圧するが、カイはどこ吹く風だ。
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