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10. 血の儀式
異様な程白い長衣が目を引いた。
冴え冴えとした青銀の髪を鬱陶しげもなく頬にかけている。くせのない細い髪の合間から覗く顔は端整だが、研ぎ澄まされた刃物のような美しさだ。
男の正体を知らしめる紅い瞳が意味ありげにルナを見やり、その這うような視線にルナは唇を震わせた。
「私……知ってる……」
そんな言葉が考えるよりも早くルナの口を衝いて出た。記憶はないのに、身体は鮮明に目の前の男を覚えている。
「知ってる、とは。随分とつれないことを言ってくれますね。私とあなたは、まごうことなき血の絆で結ばれているというのに」
「血の……絆……?」
「ルナ、耳を貸す必要はないよ」
窘めるように言い、ハディスがすっと一歩前に出る。男は愉快そうに喉の奥で笑った。
「また邪魔立てする気ですか?」
(また……?)
引っかかりを覚え、ルナの心がざわつく。
男から隠すようにして立つハディスの背中。煌めく月光を纏いつかせた長い白金の髪が、風の軌跡を描いてさらりと靡く。
目にしているものが現在なのか、それとも過去の残影なのか、ルナは一瞬判断がつかなくなった。
(前にも、こんなことが……あった?)
「我が花嫁を攫っておいて、騎士気取りですか……」
(え――?)
男は自分の放った一言がルナの興味を引いたことを分かってか、声音を甘やかなものへと変え、ハディスの背後へと言葉をかける。
「ルナ、その男は私からあなたを奪った憎き者なのですよ」
「何を言ってるの? ……あなたは誰?」
男は笑みを湛えたまま、静かに答える。
「私はシファール」
「シファール……?」
「ルナ――」
ハディスの制止を無視して、ルナはのろのろと進み出た。
震えを必死に抑え込んで対峙するルナを見て、シファールは不快気に眉根を寄せる。
「ああ、大分薄れてしまいましたね。我らの絆を断とうとするなど、実に許し難いですが――」
言いさし、愉しげに口の端を引き上げる。
「その男が愚かしい行為を繰り返す様は、中々愉快でしたよ」
シファールに跳びかかろうとするハディスを、カイが腕を引いて止める。
「っ、カイ――」
「ルナは村の惨状を知ったんだ。もう何も隠す必要はないだろう?」
カイの言葉に、一つの真実がルナの脳裏を掠めた。
「じゃあ……私を城に閉じ込めたのは……?」
カイに腕を掴まれたまま、ハディスは沈鬱な面持ちでルナを見る。ルナの眦に雫が浮かんだ。村を失った悲しみと、それを知られまいとしたハディスの想いに、胸の奥が熱くなる。
「我らは生き血を糧に永劫の時を生きます。中でも、人間の血はとりわけ甘美です」
見つめ合う二人を見て、シファールは低い笑声と共に言う。
「そんな我らにも、避けなければならない血があります。同族の血……それだけは禁忌なのです」
(禁忌――)
カイも前に言っていた、同族の血は禁忌だと。しかし、それが何だと言うのか。そんなルナの疑問を見透かしたように、シファールは訊いてきた。
「何故、禁忌だか分かりますか?」
「……分からないわ」
ルナは怖れを包み隠して答える。シファールはくつくつと笑った。
「毒なのですよ、自分以外の同族の血は。触れただけでも、不死の身に多大な損傷を与えます。つまり、あなたの血はその男の命を奪いかねないのです」
(私の血がハディスを殺す? そんなの――)
「ありえないわ。だって私は……」
「人間、ですか?」
シファールがルナの言葉を攫い、嘲笑も露わに言う。
「感じませんか? あなたの身体に息づく吸血鬼の血を」
シファールの言葉に反応して、どくん、と鼓動が跳ねた。
(何……気持ち悪い……)
「ルナ!」
「思い出しませんか? あの甘美な瞬間を――」
シファールが近付いて来る気配に、ルナははっと顔を上げた。
血に濡れた紅い瞳、愉悦に歪んだ唇、その僅かな隙間から零れ落ちる白い牙――
「いやっ――」
ルナは両手で顔を覆って震えた。記憶の奥底に封じ込めていた光景がまざまざと蘇り、ルナの視界を支配した。
(そうだわ、あの時、私はこの男の牙にかかって、無理矢理この男の血を飲まされて――ああ、でも、それよりも――)
「あなたが、あなたが村をっ!」
ルナは渾身の力を振り絞って叫んだ。
「どうして、どうしてなの!?」
「私の手にかかり、無残に死んでゆく者の断末魔は、どんな楽の音よりも心地良い」
紅い瞳が狂気に彩られ、生気のない白い腕がルナを引き寄せる。
「いや、放して!」
「ルナ! ――手を放せ、カイ」
鋭い視線で威圧するが、カイはどこ吹く風だ。
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