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12. ルナの決意
(ここは――)
満天の星空、その下に広がる大きな湖面にも、同じように輝く夜空があった。
「ルナ、すまない……」
「何を謝るの?」
「そなたの血が流れたことに気付いて駆けつけた時には、既に村は失われた後だった。何故、もっと早くに気付けなかったのか……」
そんなこと、とルナは訴える。
村のことで彼に辛い想いをさせてしまっていることが、何よりも辛かった。
「連れて行かれそうになるそなたを、私はあの男から奪い去り城に連れ帰った。記憶を失っていることを知ってからは、真実から遠ざけることで私はそなたを守ろうとした。だが、私はただルナを側に置いておきたかっただけなのかもしれない」
ルナの手をとり、その指にはめられた指輪をそっとなぞる。
「そなたは、これを母から貰ったものだと言っていた。……悲しくはなかったよ。子供の頃の記憶など、いずれ消えてしまうことは分かっていた。だから私はあの時、そなたを仲間にしようと考えた」
見上げるルナに、彼は儚げに微笑んだ。
「同じだよ、あの男と。私は同じことをしようとした。私に向けられたその穢れのない瞳、私を一人にしたくはないと言ったその純粋な心……それら全てを閉じ込めて、永い夜を共に生きてほしいと、私は思ってしまった」
「でも、あの時……あなたは……」
「そう、出来なかったよ。こんな呪われた身に、そなたを堕とすことの罪深さを思えば。だから、代わりにその指輪を贈った。約束を覚えていたなら、花嫁として迎えに行く、と」
切なげに目を細めながら、永い時を生きる者にとっては、ほんの少し前にしか感じない日のことを彼は思い出していた。
「忘れられてしまうと分かっていながら、それでも私は約束が欲しかった。十数年の年月など、私にとっては瞬くほどの時間だが、そんな僅かな時間でもいい。ただ無情に流れていく時を、あの娘は約束を覚えているだろうか、例え忘れても思い出してくれるのではないか。そう思いながら過ごすことが出来ればと、私は願ったのだ」
琥珀色の双眸から零れ落ちた雫を、彼はそっと指ですくった。
「何故、そなたがそんな顔をする」
あの時と変わらない声と調子で、ハディスは同じことを言った。
終わりなき旅に疲弊した顔はとても優しくて、それで余計に涙が溢れてくる。
「そなたは何も変わっていないな。穢れのない瞳も、その純粋な心も」
ハディスは安心したように微笑むと、ついと視線を上げて夜空を見た。
その目は先程までの優しさを失い、鋭く虚空を睨んでいる。
「ハディス……?」
「あの男が近付いてくる」
さっと顔を青くしたルナを、ハディスは胸に抱き寄せる。
「ルナ、心配はいらない。必ずそなたを守る。私は魔物だから神ではなく、私たちを引き合わせたあの天上の月に誓うよ」
ハディスの強い優しさに包まれ、ルナも彼の身体を抱き締め返す。
「ごめんなさい……」
平然を装ってはいるけれど、元々弱っていた上にルナを助けてここまで飛んできたのだ。
相当に力を消耗している筈だ。
(私に力があれば……)
そこでルナははっと顔を上げた。
ルナの思い詰めた表情に、ハディスは心配げに頬を撫でた。
「どうした?」
(そうよ、私にも出来ることがあるわ……!)
「ハディス、お願いがあるの」
ルナは琥珀色の瞳に力を籠めて、その願いを口にした。
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