12. ルナの決意

1/1
前へ
/15ページ
次へ

12. ルナの決意

(ここは――)  満天の星空、その下に広がる大きな湖面にも、同じように輝く夜空があった。 「ルナ、すまない……」 「何を謝るの?」 「そなたの血が流れたことに気付いて駆けつけた時には、既に村は失われた後だった。何故、もっと早くに気付けなかったのか……」  そんなこと、とルナは訴える。  村のことで彼に辛い想いをさせてしまっていることが、何よりも辛かった。 「連れて行かれそうになるそなたを、私はあの男から奪い去り城に連れ帰った。記憶を失っていることを知ってからは、真実から遠ざけることで私はそなたを守ろうとした。だが、私はただルナを側に置いておきたかっただけなのかもしれない」  ルナの手をとり、その指にはめられた指輪をそっとなぞる。 「そなたは、これを母から貰ったものだと言っていた。……悲しくはなかったよ。子供の頃の記憶など、いずれ消えてしまうことは分かっていた。だから私はあの時、そなたを仲間にしようと考えた」  見上げるルナに、彼は儚げに微笑んだ。 「同じだよ、あの男と。私は同じことをしようとした。私に向けられたその穢れのない瞳、私を一人にしたくはないと言ったその純粋な心……それら全てを閉じ込めて、永い夜を共に生きてほしいと、私は思ってしまった」 「でも、あの時……あなたは……」 「そう、出来なかったよ。こんな呪われた身に、そなたを堕とすことの罪深さを思えば。だから、代わりにその指輪を贈った。約束を覚えていたなら、花嫁として迎えに行く、と」  切なげに目を細めながら、永い時を生きる者にとっては、ほんの少し前にしか感じない日のことを彼は思い出していた。 「忘れられてしまうと分かっていながら、それでも私は約束が欲しかった。十数年の年月(としつき)など、私にとっては(まばた)くほどの時間だが、そんな僅かな時間でもいい。ただ無情に流れていく時を、あの娘は約束を覚えているだろうか、例え忘れても思い出してくれるのではないか。そう思いながら過ごすことが出来ればと、私は願ったのだ」  琥珀色の双眸から零れ落ちた雫を、彼はそっと指ですくった。 「何故、そなたがそんな顔をする」  あの時と変わらない声と調子で、ハディスは同じことを言った。  終わりなき旅に疲弊した顔はとても優しくて、それで余計に涙が溢れてくる。 「そなたは何も変わっていないな。穢れのない瞳も、その純粋な心も」  ハディスは安心したように微笑むと、ついと視線を上げて夜空を見た。  その目は先程までの優しさを失い、鋭く虚空を睨んでいる。 「ハディス……?」 「あの男が近付いてくる」  さっと顔を青くしたルナを、ハディスは胸に抱き寄せる。 「ルナ、心配はいらない。必ずそなたを守る。私は魔物だから神ではなく、私たちを引き合わせたあの天上の月に誓うよ」  ハディスの強い優しさに包まれ、ルナも彼の身体を抱き締め返す。 「ごめんなさい……」  平然を装ってはいるけれど、元々弱っていた上にルナを助けてここまで飛んできたのだ。  相当に力を消耗している筈だ。 (私に力があれば……)  そこでルナははっと顔を上げた。  ルナの思い詰めた表情に、ハディスは心配げに頬を撫でた。 「どうした?」 (そうよ、私にも出来ることがあるわ……!) 「ハディス、お願いがあるの」   ルナは琥珀色の瞳に力を籠めて、その願いを口にした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加