13. 対決の時

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13. 対決の時

「あの男は何処ですか?」  月光を遮るようにして、シファールが空から舞い降りる。 「あなたを一人にするとは思えませんが……」  ルナがただ一人湖の縁に立っているのを不審げに見るが、すぐに酷薄な笑みを浮かべた。 「あれだけ弱っていたのです。灰にでもなりましたか?」  シファールの軽口にルナは睨むような視線を向けるが、彼は嬉々としてそれを受け入れる。 「美しい……」  感嘆めいた声すら洩らし、無遠慮にルナの顎を掴んで無理矢理顔を引き寄せる。 「そう……私をもっと憎んで。憎悪に歪んだ瞳をもっと見せてください」  ルナは顔を背けた。けれど、それすらも彼にとっては楽しい演出の一つに過ぎない。 「そんな風に顔を逸らすと、ここが無防備になりますよ?」  首筋をぺろりと舐められ、ルナは顔を背けたままびくりと身を震わせた。  ひやりと冷たい手と同様に吹きかけられる息は凍っているが、縦横無尽に這いまわる唇は、白く透き通った肌に赤い花を散らすように熱を刻んでいく。 「散々、焦らしたのです。あなたの血は、さぞや私を酔わせてくれるのでしょう」  言いつつ、虚ろな瞳は既に酩酊(めいてい)したように正気を失っている。  尖った牙が、ぷつりと音を立ててルナの肌を傷つけた。 「――っ」  きつく目を閉じてその痛みをやり過ごすが、シファールの牙が深く深く肌へと侵入する嫌悪感にルナは唇を戦慄(わなな)かせた。  血を吸い上げられる感覚に足元がよろめきそうになるが、彼の胸を頼ることだけは絶対にしたくない。 (ハディスっ――)  目じりに涙を溜めながら、心の中で強くその名を呼んだ時だった。 「くっ……」   シファールは突如呻き声を上げると、乱暴にルナを突きとばした。  短い悲鳴と共に、ルナの華奢(きゃしゃ)な肢体は草の上に投げ出される。 「ま……さ……か……」  がくりとその場に(くずお)れ、シファールはルナの前で片膝をついた。薄い唇からは赤い雫がこぼれ、裂けんばかりに見開かれた瞳は、彼がルナに執拗に求めた憎悪の色に染まっている。 「あの男の血ですか……っ」 「ええ、そうよ。今の私の血は、あなたにとっては禁忌(タブー)でしょ?」 「しかし、あの男の血如きで……」  ルナの言葉にシファールは引きつった笑みを浮かべるが、 「く……かはっ…………」  ハディスの血が体内で暴れ出し、シファールは地に手をついて悶えた。長い爪が荒々しく土をかき、下草を引きちぎる。  血の毒性はその個体の力に比例する。ハディスの力を今更のように思い知らされるが、シファールは呪いの言葉を吐くでもなく、ひとしきり暴れた後にただ狂ったように笑い出した。 「ふ……はは……は……」  指先をさ迷わせながら、自分を見下ろすルナへと腕を伸ばす。  シファールの手が求めるように近付いて来るのを見て、それでもルナはその場を動かなかった。  ドレスは所々裂け、結わずに垂らした髪も風に煽られるままとなっている。しかし、その瞳は気高さを失わずに、凛として目の前の男を見つめる。  そんな彼女の瞳が、僅かに……ほんの僅かに細められた。  憐れみを滲ませた表情が、月明かりの下で彼の目に透けて見えた。 「違う……その目ではない……そんな……」  伸ばされた手はルナに触れることなく、ぱたりと地に落ちた――
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