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 案の定、しばらくすると客間の前にヴァシレフスが現れた。  ヴァシレフスはシエラに用がある時は必ず自らが出向き、従者任せにしたり、呼びつけるような真似はしない。 ──決して彼は地位や権力を振るったりしないのだ。 「なんでしょうか」  他人行儀にシエラは扉を少し開けて、隙間から不機嫌そうに来訪者を見上げた。 「中に入れていただけますか?」とヴァシレフスは少し冗談めいて笑った。少し腹が立ったシエラではあったが、先程の自分の態度を少し後悔していたのでその冗談にやや救われたのも事実だった。  素直に扉を開き、部屋に彼を招き入れる。  ヴァシレフスは手元に紅茶のセットを持っていて、自ら給仕しはじめる。王子である彼がその所作を一体どこで習ったのかシエラは内心不思議だった。 「どうぞ」と王子様に紅茶を給仕されて、シエラはどことなくソワソワしてしまった。 「変なの……」 「そうか? 茶を飲むのにいちいち人を呼ぶ方が面倒だろう」  平民のシエラにはそんなことは至極当然のことだが、王子であるヴァシレフスがそれを言うのは流石に違和感を覚えた。だか、二人きりが当然になったここ最近、ヴァシレフスは決して第三者を呼ばないことにシエラはいい加減気付いていた。 ──まるで普通の恋人や、家族みたいに……。 「なんだ、その目は」 「え?」 「目が潤んでる。一人でいやらしいことでも妄想していたのか?」 「ばっ! なんでそうなるんだよ! 俺はただ……っ」 「ただ──?」 ──ただ……。  シエラは唇を小さく噛んで黙り込んでしまう。ヴァシレフスからわざと視線を避けたのに急に抱きしめられてシエラはますます頭の整理が追いつかなくなった。 「ヴァシレフス、おいっ」 「他は関係ない──。俺とお前のことにそれ以外の人間は関係ない。お前は俺が決めた運命の相手なんだから──」  シエラはその言葉に胸が潰されそうになった。嬉しいのか苦しいのかわからないほど、心の中がぐちゃぐちゃで、ヴァシレフスの広い背中にしがみつくことでどうにか耐え忍んだ。 「ヴァシレフス……」  苦しそうに自分の名を呼ぶ愛しい人の体をヴァシレフスはさらに強く抱きしめた──。
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