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 シエラは普段身に付けている高価な生地のトガを外してシンプルに膝丈のトゥニカだけで街へ繰り出した。頭には布を纏い、目立つ髪と肌を隠す。  初めて訪れる街は育った村とは全く違い、人々で溢れかえり市場は活気に満ちていた。  店主の顔の高さまで積まれた色とりどりの野菜たち、籠に入った真っ黒な体に赤い鶏冠をもつ鶏、刺激的な香りを運んでくる香辛料、乾燥させたナッツやフルーツの山、シエラは食料の多さや国の文化の違いに圧倒され、ポカンと開いたままの口に暫く気付けずにいた。  歩き続けて疲れた足を休めるためにシエラは飲み屋の建物の片隅にあった木で出来た空き箱に腰掛け市場で買った果実を齧り喉の渇きを潤した。  レンガ色の外壁にもたれかかって空を見上げる。  何に邪魔されずに広がる青空だけは唯一自分が育った村と同じだった──。  最近のヴァシレフスは東の塔へ行くことがめっきり増えていた。(のち)の王になるべく彼のすべきことがたくさんあるのだろうとシエラは理解する反面、王になる日が来たらその時彼は世継ぎについてどう思うのか、シエラが考えない日はなかった。 「俺がカーラだったら……こんな風にならないで済んだのに……」  自分でそう呟いておいて自分勝手な胸がチクリと痛む。 「第二夫人なんてのも、出来るのかもしれないなぁ……、いやそもそも俺が二番になるのかも……」  シエラの思考はますます暗いものとなっていくが、それを止めることがここ最近ずっと出来ないでいた。  もし、他にそんな人が現れたら、自分はどんな顔をしてあの城にいることが出来るのだろうかと── 「運命なんて、全然簡単じゃない……」  涙が出そうになるのを振り切るようにシエラは木箱から飛び降り、再び街を歩いた。
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