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さらにその二日後には、柱部分がやってきた。
宅配してくれたのは今度も、この間のお兄さんだった。天井の高さに合わせて注文した二メートル強の角材三本は運ぶのにさすがに骨が折れたのか、その額には汗が光っていた。
ご苦労様です、と声をかけると、
「とんでもない――階段使った甲斐がありました」
白い歯を見せ、お兄さんは少しおどけた風に言った。
俺はてっきりエレベーターを使ったと思っていたから驚きを隠せなかった。なにせここは五階だ。住人の俺でさえ、これまで上りに階段を使ったことは数えるほどしかない。
聞けば、エレベーターが狭く、角材が収まりきらなかったらしい。確かにこのマンションのエレベーターは古ぼけているうえに狭いと苦情が入っている、とは聞いていたけど――。
こんな暑い中を背丈を優に超える角材を抱えて、下心丸出しの俺なんかのために来てくれたことに、相手はプロとはいえ、俺は心の奥がジンと熱くなるのを感じた。
手ぶらでは帰せないと思った俺は、ちょっと待っててください、と言うなり部屋に戻り、何か渡せるものはないかと冷蔵庫を開いた。唯一冷えていたオロナミンCを取り出してきて、お兄さんに手渡す。
いきなりのことに少し驚いた様子のお兄さんに、
「佐々木さんに運んでもらえて助かりました、ほんとにありがとうございます」
ネームプレートで確認した名前を呼び、感謝を伝えた。
佐々木さんは破顔して、「業者だし当たり前なんですけどね」と照れ臭そうに頭を掻いた。
そのあと、プロに向かってやっぱ失礼だったかな、とか気にしながら、すでに届いているパーツで組み立てのシミュレーションをしてみた。
ふと気になって説明書をよくよく見返してみる。
すると、ある行程だけ、大人二人で作業してください、と記載されているところがあり、思わず二度見した。
どうりで違和感がしたはずだ。
全部一人で済ませられるといつの間にか思い込んでしまっていた自分を責めた。
――まあ、サークルの友達に頼めば一人くらいは手伝ってくれるはず
早速何人かにメッセージを送ってみる。
するとほどなくしてその全員から、帰省している、と返事がきた。
(…こんなことってあるか…)
思わず天を仰いだ。
あと思い当たるのは平子さんぐらいのものだったが、彼女に見せたいものを、彼女自身に作らせるなんて本末転倒すぎる。
実家も遠く、家族をあてにすることもできないし。
夏休み明けまで待つしかないのか、と肩を落としかけたところに浮かんできたのは、佐々木さんの顔だった。
そうだ、佐々木さんだ。
あと二日すれば、最後のパーツたちが届くはずだった。その時にお願いすれば、手伝ってくれないこともないんじゃないか。
勢いで思いついたものの、何を考えているんだ、とすぐさま打ち消す。
数多の客のうちの一人でしかない俺が佐々木さんの親切心につけこむのははばかられたし、何より佐々木さんには仕事がある。夏休みシーズンとはいえ、この時期もきっと忙しいはず。
(やっぱり、当分の間は延期か……)
はあ、と力ないため息をつきながら、俺は部屋の隅に積まれた木材の山をぼんやりと見つめた。
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