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◆◆◆◆  裁判所の待合室はあまり暖房が効いていなかった。  部屋の隅の方の椅子に座り身を縮こませていると、 「湊さん」  やってきた伊丹さんに声をかけられた。  俺は前を行く伊丹さんに促されるままに法廷へと足を踏み入れ、まだ人のまばらな傍聴席の中、最前列右端の席に座った。  それからの流れはよく覚えていない。  祥吾が立って何か話したり、あるいは伊丹さんが裁判官の方に向けて何事か熱心にしゃべったりしているのを、車窓ごしに眺めるみたいな気持ちで見ていた。  すると伊丹さんから名前を呼ばれ、我に返った。  ようやく流れを飲み込んだ俺は、伊丹さんから言われていたとおり、右端の席を立って証言台の前へと移動していった。  裁判長から名前などを訊かれたあと、言われるままに宣誓書を読み上げる。  ――良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います――  それから伊丹さんが席を立って、尋問が始まった。  いくつかの質問に短く答えたあと、話は事件当日の流れに及んだ。 「あの日、湊さんは佐々木さんのアパートの部屋で、清水さんと過ごしていたのですね」 「はい」 「そこへ、佐々木さんが突然帰ってきた」 「はい」 「佐々木さんは、お二人を見てどんな様子でしたか」 「――かなり、怒っているように見えました」 「なぜ、そんな態度になったと思いますか」 「それは―――」  喉が渇き過ぎて、ひりつくような痛みが襲っていた。 「それは、清水君と自分が、関係を結んでいるように見えたからだと思います」 「それでカッとなった佐々木さんが、背後からいきなり清水さんを殴りつけた」 「――はい」  そこまで聞くと、伊丹さんは裁判官の方に向き直った。 「このように、被告人である佐々木氏がとった行動は、当時同棲関係にあった恋人とその友人とがカッとなった末の衝動的な犯行であると言うほかなく、その手口に計画性が全く欠如していることは明白です―――以上です」  それが、伊丹さんが導き出しただった。  弁護人席へ戻っていく伊丹さんがよこした視線をちらと受けて――もう後には戻れないことを、俺は今一度深く悟った。  証言台から傍聴席へと下がる途中、俺は漠とした視線を傍聴席全体へ向けた。人のすがたはまばらだった。清水の母親はいないようだった。  俺は胸をなでおろすような気持ちになるのを抑えられなかった。  席に着いた俺は、刑務官にはさまれて被告人席に座る祥吾の横顔を見た。  表情は乏しくて何を考えているかは分からない。 一言でも言葉を交わすことができたらと、切に願った。
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