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葵は一息で話し終えると、視線を俯けた。
成程、と頷いた相楽は、頼りない胸の前で指を組んだ。
「ちなみに、葵ちゃんは三ツ屋さんと面識は?」
葵は頭を振って否定。彼女が頭を左右に振るのに合わせ、ポニーテールもゆらゆら揺れる。
「ない。そもそも、ママの元旦那が金をせびりに来てたっていうのも初耳だったし……」
それに関しては、柔道有段者でもある執事の太田が追い払っていたのだろう。娘達に被害が及ばぬように。
「あの……もういいですか?」葵はもじもじと身体を揺すった。「あたし、ホントに何も知らないし……それに、早くメッセージ返さないと怒られるから」
彼女の手にはしっかりと最新機種のスマートフォンが握られている。葵にとっては誘拐された異父姉の心配より、友人とのメッセージのやり取りの方が重要事項らしい。
相楽がアイコンタクトを寄越す。どうします? と目が問うている。日向は頷いた。好きにさせておけ。言外に促すと、相楽もそれを受け取った様だ。頷き返し、葵に向けて営業用スマイルを作る。
「それじゃあ、ご協力ありがとうございました。何か思い出したことがあったら、何でもいいから教えてくれると助かるな」
相楽が仕事用の電話番号とメールアドレスが記載された名刺を渡す。葵はそれを受け取ると、掌中の液晶画面を気にしながらそそくさと部屋を退室した。最後まで父親の違う姉を心配する素振りは見せなかった。
◇ ◇ ◇
「どう思います、ヒナさん?」
事情聴取が一段落ついた頃。相楽が縋る目つきで問うてきた。
日向は苛立ちながら、乱暴に頭を掻き毟った。癖のある猫っ毛が更にぐしゃぐしゃに絡まるが、気にしない。
「どうもこうも……連中、執事を除いてどっかおかしいとしか思えねえぜ。親父も妹も、悲しむ素振り一つ見せやがらねえ」
相楽も憂いに湿った溜息を零す。
「そうですね〜……これじゃあ瑞希ちゃんが可哀想」
「日向警部補!」
別件を調べさせていた丸山巡査が、日向の元へ駆け寄る。
「おう。どうだ、マル」
「美空邸のセキュリティシステムですが、警備会社に確認したところ、昨晩の間に切られていたそうです」
手帳を見ながら丸山が淀みなく答える。
「昨晩の間に……」
明らかに仕組まれたものだろう。ということは、瑞希誘拐に関しては計画的な犯行と言える。
「このセキュリティシステムですが、電源のオンオフは邸内にある装置でのみ操作出来る模様です。ハッキングも可能かとは思いますが、ハッキングされた形跡はありませんでした」
「ってえなると……」
邸内の人間が意図的に切った可能性が高い。そう結論づけられる。
しかし、そうなると再び疑問が鎌首を擡げてくる。屋敷の人間が瑞希を誘拐して、何らかのメリットがあるだろうか?
答えは否だ。俊太郎は弱味を見せたくないだのと散々文句を垂れていたし、太田や葵に関してもそれらしい理由が見つからない。
では、一体誰が何故そうしたのか――?
推理は完全に行き詰まってしまった。思考の袋小路に迷い込んだ気分だった。
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