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「やっ。遊びに来てやったぜ」
彼女はフランクに片手を挙げるが、生憎私にロックミュージシャンじみた知り合いはいない――ハズだ。営業用スマイルに戸惑いを混ぜる私に気づいた彼女は、苦笑しながら頭を掻いた。
「ああ、アンタとは初めましてだっけか。ゴメンゴメン。アタシ、桃川の旧い知人でさ。『黒田まい』って名前で物書きしてるんだけど」
「えっ!」
突然のカミングアウトに、私は飛び上がりそうなほど驚いた。アウトローな所長――桃川に知り合いがいたのもビックリだけど、それ以上に仰天なのは彼女の素性!
黒田まいと言えば、文学界に彗星の如く現れた新進気鋭の作家である。世相を反映させた、限りなくノンフィクションに近いフィクション――業界では“半フィクション”と呼ばれるジャンルを一人で確立させた凄い人だ。
メインは推理小説だが、恋愛から歴史、政治経済など、手掛けた作品は多岐に渡る。彼女は時事問題をネタに、独自の見解を織り交ぜながら命題を一つ取り上げ、解決させる。その手腕は見事なもので、瞬く間に数多のミステリファンを虜にした。かく言う私もその一人だったりする。
まさか敬愛する黒田まいが我が家を訪れるとは! サインをねだりたいところだが、彼女の目当ては残念ながら私ではなく所長だ。興奮して暴れる脳内物質を鎮めながら、努めて冷静な秘書を演じる。
「桃川ならおりますよ。どうぞお上がりください」
「悪いね。邪魔するよ」
キチンと揃えたスリッパを黒田さんに差し出し、居間兼事務所に案内する。
「ん? 何だ、黒田か」
所長は先と変わらず、だらしなくソファに寝そべってゲームに興じていた。私は小声で叱咤する。
「お客様の前ですよ! しっかりしてください」
「何か用かい? 野暮用なら後にしてくれ、見ての通り、ボクは今忙しい」
つい数分前まで「暇潰しのためにゲームに興じているのだ」とか言っていたのはどこのどいつだよ!
しかし黒田さんは慣れているのか、意に介さずに鞄を漁り始める。旧い知人とは言っていたが、どれくらい付き合えば華麗にスルー出来るようになるのだろう?
「これ、借りてたソフトね。全クリしたから返すわ。んで、こっからが本題。野暮用なんかじゃない頼み事があるんだ」
先日発売されたばかりの新作ゲームのパッケージを所長に差し出した黒田さんは、にやりと含み笑いを浮かべた。
「どーせアンタ、知的好奇心が擽られる事件を探してるんだろ? お誂え向きのヤツ見つけたよ」
黒田さんはテーブルにぱさり、と資料の束を広げた。お茶を淹れ終えた私は身を乗り出してそれを俯瞰。表紙に「極秘」と赤い文字で殴り書きされていたのが妙に気になった。
「この、極秘っていうのは……」
「ん? ああ、警察の極秘資料。叔父貴が警察幹部でさ、アタシの創作活動のために色々便宜測ってくれてんの。あ、これはオフレコね」
さらっととんでもないことを言ってのける。何故所長と黒田さんが知人なのか、解った気がした。類は友を呼ぶ、というヤツなのだろう。
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