名探偵登場!

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 ゲームの手を止め、所長は資料の束を手に取ると黙って読み始める。 「あの、これはどういう……?」  手持ち無沙汰な私は黒田さんに訊ねた。彼女は淹れたてのお茶を啜りながら律儀に答えてくれる。 「アイツの興味を唆りそうな事件を見繕ってきた。実のところアタシも気になっててさ、聞いたことないかな? 『社長令嬢誘拐殺人事件』」 「ああ……今、散々ニュースで取り上げられてるヤツですね」  大企業『美空ホールディングス』の社長令嬢が深夜、誘拐された。娘が消えた邸内からは、第三者の死体が発見された――という事件だ。  ワイドショーでも騒がれているこの事件、とにかく謎が多い。  一つは、誘拐事件の身代金。美空ホールディングスは上場企業で、社長が保有する総資産はかなりの額になるだろう。それにも関わらず、要求された身代金は百万程度。金持ちの娘を誘拐するリスクの割に、低い金額であることが論議された。  二つは、邸内で発見された死体。これは社長夫人の離縁した元夫らしい。では、何故別れた元旦那が再婚相手の屋敷の敷地内で、誘拐事件発生と同時期に息絶えていたのか? 偶然とは考え難く、警察も誘拐と殺人を関連づけて捜査していると言う。  三つは、家人の態度。なんと、社長は娘が誘拐されたにも関わらず、警察に通報しようとしなかったのだ。しかし邸内で殺人事件が起こった為、やむなく誘拐事件も明るみに出た。娘の身代金について、父親である社長は「払う必要はない」と突き放したと言う。親とも思えぬ非情な態度に世間から批難が殺到、ネットを中心に大炎上の騒ぎとなった。美空ホールディングスの株価の下落まで起きているという。 「そんな事件を、どうして?」 「言ったろ、謎が多くて気になるってさ。アタシは新しい作品のため、アイツは知的好奇心を満たすため。利害が一致したらやることは一つ。謎の解明だ」  自信たっぷりに宣言する黒田さん。私はたまげてしまった。 「解明って……所長にそんなこと出来るんですか!?」 「ありゃ、ここにいても知らないか。何でアイツが探偵事務所の看板を出しているか、理由」  問いに、首を横に否定。  そもそもここは私の親の持ちアパートだし、所長が住み着くようになったのも、行き倒れていたところを助けたら寄生されただけだ。「所長」という呼称も、「桃川」以外本名を明かさないあの人がそう呼べと言ったからに過ぎない。  説明すると、黒田さんは困り顔で頭を掻いた。 「うーん、アイツ肝心なとこ誤魔化す癖があるからなぁ……じゃあアタシが教えてやるよ。アイツが名探偵だからだよ」  黒田さんが耳打ちした時。所長は溌剌とソファから立ち上がった。さっきまでの怠惰はどこへやら、目は活き活きと輝いている。 「面白い。実に面白いね! この事件、この名探偵桃川が引き受けた!」  呆気に取られる私に、黒田さんは苦笑しながら付け足した。 「……ただし、自称だけどね」
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