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捜査は足で稼げ
私と黒田さんは揃って美空瑞希さんが通う私立木沢津高校にやって来た。
名目こそ秋の大会で優勝を果たした演劇部の取材だが、実際は美空瑞希さん誘拐事件の聞き込み調査をするためである。黒田さんが作家として取材する傍ら、それとなく事件に関係する話を聞き出す作戦になっている。ちなみに私は担当編集役としてサポートに回る。
そして、肝心の所長は留守番。というのも、「靴を擦り減らして捜査するのは警察の役目。安楽椅子で優雅に構えるのが一流の探偵である」なんて訳が解るようで解らない屁理屈をこねたからだ。
道中、もう何度目になるかわからない大きな溜息を零した。
「あんな大口叩いといて……出不精にも程があるでしょ」
「仕方ないよ、諦めな。アイツは自分の意思をちょっとやそっとじゃ変えない奴だから」
流石の黒田さんも呆れ顔だ。やれやれと肩を竦める。私は思い切って訊ねてみた。
「所長――桃川は昔からあんななんですか?」
「そうね、昔っから自己中で、我儘極まりない。とても社会に出てマトモに生活出来るようなタイプじゃないよ」
向けられる好奇心に気付いたのだろう。黒田さんは悪戯っぽく微笑んだ。
「何でアタシとアイツが親しいか、知りたい?」
赤べこの如く首を縦に頷くと、彼女は調子を良くしたのか、ぺらぺらと饒舌に語り始めた。
「アタシがデビューしたての頃、とある縁で高名な名探偵と知り合ってね。その弟子がアイツ――桃川だったのさ」
「え! じゃあ所長は本当に名探偵なんですか!?」
驚く私に、黒田さんは怪訝な視線を寄越した。
「本当も何も、さっきからそう言ってるでしょ。アタシの作品に出てくる謎は、殆どアイツが解いたのを記録しただけなんだ。だからこそ半フィクションってワケ。アイツがホームズで、アタシがワトソンみたいな? ああ、これもオフレコね」
唇に人差し指を当てて、更にとんでもないことをあっさり言ってのける。私はたまげてしまって、言葉を失った。
馬鹿みたいに口をポカンと開けて立ち尽くす私に、黒田さんは「迂闊だった」と天を仰いだ。
「みどりはアタシの作品を好きだって言ってくれてたっけ。言わない方が良かったかな?」
「いえ、俄かに信じ難くて……」
あの自堕落で社会不適合者の権化とも呼べる所長が名探偵の弟子で、黒田さんの作品の謎を解いてきたなんて……到底信じられない。
「まあ、直にわかるだろ。それよりも、桃川からはお使いも頼まれてるからね。しっかり頼むよ、編集サン」
黒田さんは景気良く笑いながら私の肩を叩く。私は「はあ……」と曖昧な返事しか返せなかった。
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