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◇ ◇ ◇
「やあ、ご苦労ご苦労」
自宅兼事務所に帰宅すると、何もしていない呑気な所長が出迎えた。ここまで堂々とされると、怒る気にもなれない。
黒田さんが青柳さんから譲り受けた台本を所長に渡すと、彼の人は嬉しそうに頷いた。
「収穫はあったみたいだね、重畳重畳」
「しっかし、高校生のアマチュア演劇の台本なんて何に使うのさ。殺人事件とは関係ないじゃん」
そう、所長から頼まれたお使いとは、瑞希さんの演劇の台本なりビデオなりを借りてくることだった。黒田さんは見事そのミッションを果たした訳だ。功績を挙げたんだから、目的くらい教えてくれてもいいんじゃない?
しかし、流石というべきか、所長はブレない。台本のコピーを弄びながらあっけらかんと言ってのける。
「興味があったんだ。彼女がどんな劇をやってたのか。聞けばミステリーというからね。アマチュアとはいえ、ボクの知的好奇心を擽る作品に出会えるかもしれないチャンスを逃す訳にはいかないじゃないか」
「……それだけですか?」
「うん。それ以外何があるというのさ?」
これには脱力してしまった。私達の労力は一体何だったんだろう。この人の個人的な好奇心を満たすためだけに、わざわざ身分を偽ってまで他校まで出向いただなんて……!
「ああ、そう。楽しめるといいね」
「うん」
心なしか、黒田さんもどこか投げやりだ。そんな私達の心情など露も知らず、彼の人は嬉々としてページを捲った。
「あ、そうだ。グリーンと黒田も後で読む?」
「そりゃモチロン。作家として純粋に興味はあるし、骨折り損にはしたくないしね」
「……私もお願いします」
所長への苦情はさておき、一ミステリファンとしては、読みたい気持ちに抗えないのであった。
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