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「脅迫状には、警察に通報するなとは書かれておりませんでしたので。殺人事件がなければずっと隠しておけたのに、全く余計な真似を」
「隠しておけた? 失礼ですが何を仰られているのですか」
引っ掛かりを覚えオウム返しに聞き返すと、美空俊太郎は耳を疑う台詞を平然と言ってのけた。
「そのままの意味ですよ。娘が誘拐されたと知られれば、それはアキレス腱――弱味に繋がる。ライバル会社や子会社にだけは知られたくなかった。奴らはいつでも我が社の転覆を企んでいますから。まあ、結局事件のせいで明るみに出てしまいましたが、ね。これでは面目丸潰れだ」
「な――!」
アンタ、それでも人の親か! 飛び出しかけた暴言を寸での所で呑み込む。ここで感情的になった所で、彼は鼻で冷たく笑いあしらうだけだろう。ぐっと堪えた代わりに溜まった怒りを吐き出すよう、拳をきつく握り締めた。相楽も俊太郎を尖った目で睨んでいる。丸山は悔しげに唇を噛んでいた。
腹の中に煮え滾ったマグマを抱えたまま、日向は努めて冷静に尋問を続ける。
「わかりました。その件も併せて我々が捜査いたしますのでご理解いただきたい。娘さんは必ず見つけ出し保護します」
「せいぜい期待しています」
いちいち気に障る言い方だ。カッと熱くなりかけた日向は慌てて話を元に戻す。
「では、邸内で亡くなられていた三ツ屋さんについてお伺いしたいのですが、彼とこの家の関係をご存知の方はいらっしゃいますか?」
「三ツ屋圭介は妻の離縁した元夫です」
意外にも、答えたのは俊太郎だった。
俊太郎の妻・遥香は重い病に罹っており、現在入院中だと聞いた。病床にある遥香が今回の事件に直接関わったとは考えにくいが、彼女の抱える事情は複雑に事件に絡みついている、と日向の勘が告げていた。
美空遥香は一度結婚に失敗している。その際の夫が今回の被害者三ツ屋であり、その間に授かった子供が瑞希だ。その後起業が軌道に乗り始めた俊太郎に見初められ再婚、俊太郎との間に葵を授かった。ようやく並以上の幸せを手に入れたが、今度は病に倒れてしまった不運の女性だった。
「三ツ屋はハッキリ言えば人間のクズですね。酒に溺れて散々妻と子供に手をあげて離婚に追い込んでおきながら、遥香が私と再婚したと聞きつけると今度は金を毟りにしつこく絡んで来ましてな。それはもう爬虫類のような男でしたよ。死んで清々しました」
俊太郎が吐き捨てる。成程、日向は顎をさすり考え込む。動機はその辺りにありそうだ。
「では、あなた方にも被害者を殺す充分な動機はあることになりますね」
一同をぐるりと見回し、鋭い視線を送ると、しかし……と控え目な反論が上がった。執事の太田だ。
「葵様と遥香様は無関係でしょう。葵様は三ツ屋の存在も知らなかったですし、遥香様は入院中でとても動ける身体ではありません」
庇いたい気持ちは解るが、あらゆる可能性を疑うのが警察の仕事である。日向は諭すように言い聞かせた。
「確かにそうかもしれませんね。しかし一視点に囚われないよう証拠を固めていくのが我々警察です。様々な視点から事件を見つめなければならないので、可能性は全て疑わなければなりません」
「そうですか……」
太田は反論出来ずに口籠った。それを気の毒に思いながらも、日向は指揮を執る。
「では、これから個別に事情聴取を行いたいと思います。各自呼ばれた順に別室に来ていただきたい」
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