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証言
別室として用意された客間に最初に呼び出したのは執事の太田だ。
太田透、53歳。日に焼けたがっしりした体格を黒い燕尾服と白手袋に包んだ、美空邸住み込みの執事。恵まれた体格は柔道黒帯の実力者である証らしい。白髪混じりの髪の毛はオールバックに撫でつけられているが、今は流石にほつれが目立つ。
彼は促されて椅子に座るなり、机に額を擦りつけながら平謝りした。
「申し訳ございません刑事さん、主のご無礼をどうかお許しください」
全くだぜ、と頷きかけたが、当たり障りのない言葉で本音を誤魔化した。
「いえ、お気になさらず。太田さんのせいではないでしょ」
「本当に何と詫びればよいか……俊太郎様は昔はあのような性格ではなかったのですが、競争社会に長く身を投じておりました故、好戦的に変わってしまったのです」
ぺらぺらと余計な話をしてしまったと気がついたのだろう。太田は咳払いを一つすると、居住まいを正した。
「それで、私に聞きたいこととは何でしょう……」
完全に畏縮してしまっている。刑事に疑われる機会はそうないため、緊張しているのだろう。日向は宥めるように優しく声掛けした。
「まあ、そう固くならずに。楽にしていただいて構いませんよ。そうですね、では昨夜何をされていたかお伺いしましょうかね」
太田はたどたどしく昨晩の誘拐、そして殺人事件の知り得る情報を開示した。
「私は十年前に住み込みで雇っていただいて以来、深夜零時に邸内を見回りをするのが日課でした。主は敵が多いので狙われやすいのです。昨晩も見回りを終え、何事もなかったため自室に戻る最中、瑞希様が襲われる音が聞こえてきました。ガラスが割れる音から遅れて瑞希様の悲鳴が聞こえたのです。その時私は一階の突き当たりの廊下に居りました。葵様も一緒でしたので後でご確認ください。悲鳴が聞こえた後、私は葵様をその場に残して階段を駆け上りました。嫌な予感がしたので……。二階の瑞希様の部屋に着いた頃には、俊太郎様が戸を叩いて瑞希様を呼んでいました。返事もなく鍵も空いていたので、私達は緊急事態と判断し中に入りました。そこはガラスの破片が散らばっていたり、部屋中の物が散乱していたりと酷い有り様でした。瑞希様は中にはおらず、代わりに脅迫状を見つけました。私はすぐに警察に連絡しようと申したのですが、主にその必要はないと跳ね除けられてしまいました。攫われたのが今さっきならば犯人はまだ近くにいるだろうと。そして俊太郎様と二人で邸内を探索しましたが、犯人らしき人物は見当たりませんでした。ええ、勿論死体も見ませんでした。これが午前零時半頃のことです」
太田の語る誘拐事件は以上だった。日向は考え込みながら顎をさする。
「荒らされた瑞希さんの部屋を見て、何か変わった点は見つかりました? 例えば失くなった物があるとか」
「いえ、私はあまりお嬢様方の部屋には立ち入らなかったので……特に変わった点というのは思い当たりません。誘拐される直前まで起きて何か作業をされていたとしか」
「作業? 瑞希さんは深夜までいったい何をされていたんですか」
「瑞希様は高校の演劇部の部長でして、次の大会の構想を練っておられたのでしょう。書きかけのノートが机に残されていましたし、ラジカセの電源がつきっぱなしでしたので、恐らくは」
つまり太田の話を信用すると、瑞希は次の大会に向けて舞台の構想を夜中まで考えていた所を襲われたことになる。何ともいたたまれない話だ。
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