11人が本棚に入れています
本棚に追加
◇ ◇ ◇
美空俊太郎、47歳。一代で美空ホールディングスを築き上げたやり手社長である。競争社会にいるせいか、ややつり目がちで神経質な印象を受ける。そう見えるのは、太田と比べると頼りない痩身を皺一つないブランドスーツに包み込み、キッチリと七三に分けた髪のせいもあるだろう。
「刑事さん方は、三ツ屋殺害は瑞希の事件と関係しているとお考えですか?」
こちらが質問するより早く、美空俊太郎はそう切り出した。日向は込み上げる苦いものを表に出さぬよう、必死に感情を押し殺しながら答える。
「いえ、まだ捜査途中ですので」
「恐らく、密接に関係しているでしょうな。何せ、瑞希が勾引かされた時刻と三ツ屋の死亡推定時刻は一致しているのですから……。私が思うに、昨晩邸内に侵入した不届き者がいた。それが瑞希を勾引した際、偶然通り掛かった三ツ屋に一部始終を目撃されてしまった。慌てた誘拐犯が三ツ屋を殺害した――真相はこんなところですかな?」
自信たっぷりに推理を披露する俊太郎。人の話を聞け! 叫びたくなるのをまたしても堪え、相手のペースに合わせた質問を投げる。
「では、三ツ屋さんは何故深夜にこの屋敷を訪ねたのでしょう?」
「先程も言いました通り、あの男は再婚した遥香に金の臭いを感じて、それはしつこく無心に来ていたのです。どうせ昨晩も金を求めてふらりと現れたんでしょう。それで殺されるとは、馬鹿な男だ」
鼻から空気を漏らし、嘲笑。口振りから察するに、俊太郎も三ツ屋を快く思っていない。つまり、彼にも三ツ屋を殺害する動機があるということになる。
しかし、美空邸で同時刻に起きた二つの事件。これらをの同一犯の仕業と考えると、訳が解らなくなる。現段階、三ツ屋を殺害する明確な動機があり、尚且つアリバイの無い人間は美空家の人々である。しかし、彼らには瑞希を誘拐する必要性が見当たらない。
それとも俊太郎の言う通り、三ツ屋殺害に関しては外部の侵入者が偶発的に起こした事件なのか? そうなると太田の見回りを掻い潜って身を潜めていた周到な犯人が、三ツ屋に見つかる愚を犯すだろうか?
思案顔の日向をよそに、俊太郎はマイペースに続ける。
「恐らく犯人はライバル会社の手の者でしょう。私の失墜を狙っている、ね……。そのために犯罪を犯すなど、愚かにも程がある」
アンタが他人のこととやかく言える筋かよ。胸中そう毒づき、日向は訊ねる。
「失礼ですが、瑞希さんの身代金を払うお気持ちは?」
「ありませんな」
スッパリと切り捨てられた。黙って唇を噛み締める刑事達を嘲笑うかのように、暴君は続ける。
「そもそも、身代金を渡したところで娘が無事に帰る保障はどこにもない。身代金を愚劣な犯人に手渡すことなく、娘を保護するのがアナタ方警察の役目でしょう」
正論だが、この男に言われると無性に腹立たしいことこの上ない。
しかし、ここで相手のペースに呑まれてはいけない。俊太郎は明らかに論点をずらそうとしている、と直感した。誘拐事件をひた隠そうとし、身代金を頑なに払おうとしない理由も彼が語る以上の何かがある――その意図は現状測りかねるが。
最初のコメントを投稿しよう!