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日向は穏やかな笑みを張りつけた。
「確かに貴方の仰る通りです。それが我々警察の仕事だ。だが、それを為すには美空さん。貴方の協力も必要なのです。貴方の知り得ることを全てお聞かせ願いますか」
にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で促すと、渋々といった形でようやく俊太郎もこちらに従った。
「昨夜私は、重要な会議があったために帰宅が遅くなりました。深夜零時を回る少し前だったと思います。流石にくたびれ果てた私は自室に戻るなり、うとうとしていました……。すると突然大きな物音がして目が覚めました。ガラスの割れる音と、やや遅れて悲鳴が聞こえたのです。それが上の娘のものだとすぐに判りました。私は急いで瑞希の部屋へ駆けつけました。娘達の寝室と私の寝室は同じ階にありますのでね。戸の前から何度も呼び掛けましたが、返事が返ってきません。私も少々冷静さを欠いていたのでしょう……ムキになって呼び続けていました。やがて太田と合流し、私共は部屋に入る決心をいたしました。室内はご覧の通り、荒らされて酷い有様でした。娘の姿がどこにも見えなかったため、我々は手分けして家探しを行いました。しかし娘は見つからず……。もう夜も更けて暗かったため、明朝改めて捜索しようと屋内に引き返しました。今朝太田が起こしに来るまで、寝室で寝ておりました。ですから当然、私にもアリバイはありません。朝早く太田に叩き起こされた私は、庭で三ツ屋の死体と対面したという訳です」
俊太郎が語る事件の経緯は以上である。
日向は顎をさすって考え込む。一つだけ、気に掛かることがあった。
「これだけ大きな屋敷ですから、セキュリティシステムの類いはどうなされていたのですか」
「勿論、一日中作動させております。恨みを買いやすい商売ですから。不法侵入者が塀を超えようとすると家中にブザーが鳴り響き、警備会社にも通報がいく仕組みですが……」
そこで俊太郎は重大な事実に気付いたようだった。目を見開き、僅かに震えた声で続ける。
「昨晩は、侵入者を告げるブザーは鳴りませんでした」
確かに、太田もセキュリティシステムが作動したという旨の話はしなかった。
となると、犯人はどうやって邸内に侵入したのか? いや、犯人だけではない。被害者である三ツ屋自身にも言えることだ。彼は、どのような経路で敷地内に入り込めたのか? そして、何故殺されなければならなかったのか……。
黙考する日向に、牽制する口調で俊太郎は釘を刺す。
「刑事さん方は、私が三ツ屋を殺したとお考えで? それはあり得ませんな。確かに奴はゴミ屑のような男で、正直死ねばいいと思ったことも度々あります。しかし、だからと言って殺人を犯す愚は致しませんよ。あんな男のために人生を棒に振るのは御免ですからな」
仮に美空俊太郎が三ツ屋殺害犯だとしても、彼ならば証拠も死体も残らない完全犯罪を完遂するだろう。そんな感想は胸の内に仕舞っておいた。
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