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『歩幅』 Side オレ
何故か口に出たのは”一緒に帰る”っていう約束だった。
あれ?身長伸ばす秘訣があったら聞こうってだけの話だったのに、どうしてだ?
それでも、どうしてか話をしてみたかった。
今まではクラスの前後の席ってだけで、プリントを渡すとか、授業が始まるちょっと前の隙間時間に当たり障りのない話をする関係でしかなく。
自分から輪の中に入っていくタイプではないが、周りが放っておかないオーラが出ていて。
正直オレから何か話かけても、体よくはぐらかされ、断られるとばかり思っていた。
なのに、今日は正面からあいつの顔を見た。
あいつも逸らさなかったから、オレたちはちょっと不自然な感じで見つめあっていたのじゃないのだろうか。
伏し目がちなアイツの瞳は、少々うざったく思える前髪にちょっと隠れていたけれど、それでも柔らかい茶色がかった色をしているからか、きっと心根は優しいんじゃないかと思う。
そう周りにいうと、それは・・・どうかな?って否定的な意見ばかりなので、オレの中でだけの評価ではあるのだけれど。
大っぴらには見せないアイツの優しさを感じたことのあるオレからすると、そんな周りからのアイツの認識は間違っているとは思う。
かといって、みんなにアイツはこんな奴なんだ!と主張するほどアイツを知っているわけでもないので、今の所、アイツの評価は「みんなが放っておかないイケメン」という何とも表面的なものでしかないのだが。
放課後。
何故か無駄にドキドキしていた今日一日を引きずったまま、オレはアイツに声を掛けた。
「じゃ、い、一緒に帰ろうぜ」
あ、どもった。
返事も聞かずに勝手に約束をしてしまったからだろうか。
女の子を誘うわけでもないのに、人気者と一緒に帰ろうと思うからだろうか。
とにかく、いつもよりも数倍早い心拍数がオレが緊張していることを教えてくれる。
「なに、お前ら今日一緒に帰んの?めずらし~」
「そ、今日は約束してたんだよ朝から」
「きゃー何か意味深~」
「そうそう、だから邪魔しないでな~」
周りはいつもと違う相手に興味をひかれたようだったが、アイツの物言いが冗談のようだったからだろうか。
茶かすような事を言いながら、バイバイと手を振ってオレ達を見送ってくれた。
「・・・・・・悪かったな。お前が曲がりなりにも相談?してきてくれた事だったし、内緒の方がいいかと思って。」
「ん、別にいいよ」
律儀にそう言って謝ってくれるアイツはやっぱり心根が優しいんじゃないかと思う。
「で、何だっけ?背が伸びた原因だっけ?」
ちゃんと聞いてて考えてくれていたようだ。
「ん~本当これは申し訳ないんだけど特にコレといって特別な事をした覚えがないんだよなぁ。おまえが言ってたように俺、中学はバスケ部だったんだけど、バスケしてたらぐんぐん伸びたって感じでさ。牛乳たくさん飲むとか、高い所にぶら下がるとか、そんなのしたことないし」
ガーン
オレの涙ぐましい努力はその”牛乳をたくさん飲む”や”高い所にぶら下がる”って事だったからだ。
真向から否定された事にちょっとショックを隠しきれない。
「あっ、いや。それだって俺には効かなかったってだけで、世間一般には浸透してる事なんだから、きっと個人差ってのがあるんだって」
俯いて何も言わないオレの様子に、焦ってフォローをしてくれる。
オレよりも数センチ背の高いアイツが一生懸命言葉を尽くしてオレを元気づけようとしてくれてる様子に、一瞬襲ったショックがすぐに無くなっていくのを感じた。
「ふふっ。いいよ。ありがと」
少し腰を曲げてオレの顔を伺う様子が、まるで家で飼っている大型犬のようで微笑ましい。
「そうだよなっ、身長なんて個人差だし。牛乳は背が伸びる以前にカルシウム豊富だから骨が丈夫になるしな」
って、オレも何でアイツのフォローしてんだろ。
それでも、オレの顔に浮かんだ笑みにアイツがほっとしたのを感じた。
「あ、でもストレッチとかよくやってたぞ。柔軟で身体が柔らかくなると成長も促される~とか思わねぇ?」
ま、俺の持論だけど。
と呟くアイツを見て、
ああ、やっぱり良いやつなんじゃないか、と思う。
何とかオレの相談に答えたいって気持ちで、精いっぱい考えてくれたそのアドバイスにオレの気持ちがほっこりと温かくなる。
「ありがと・・・」
「・・・ん」
結局それ以上の会話を続けることも出来ず、俺たちは連れ立って帰り道を歩いた。
何処に住んでいるのか。
兄弟はいるのか。
高校ではバスケはやらないのか。
どんな食べ物が好きなのか。
色々聞きたいことはあったはずなのに、どれ一つとして口に出すことが出来ず。
オレたちはまだ少し陽の高い道を一緒に歩いた。
それでも気づまりには感じないその空気が心地よくて、数センチ上のアイツの顔を眺めると、同じように穏やかな顔つきの横顔が見える。
オレよりも背が高いアイツにしては心持ちゆっくりとした足取りで歩く速度に、気にはしていなかったアイツとの距離に気づいた。
あ、オレの為か・・・
ちょっとだけゆっくりと。
オレが気づかないように、自然に。
オレの歩幅で。
歩いてくれていたんだ、と。
その時になって、気づいた。
ドクンと鳴った心臓に、まだ気付きたくないと無理やり蓋をして、オレはアイツと同じ歩幅で歩き続けた。
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