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『胸にかばん』 Side 俺
”後でじっくり話をしようぜ”
と言っていたアイツは、結局俺の”特になにもしてなかった”という話を聞いてガッカリしてしまったようだ。
あからさまにシュンとしたその姿に、焦った俺はまるでアドバイスにならない話をしてしまったが、それでも気分が浮上したのか、あいつはクスリッと笑うと俺に向かって笑ってくれた。
無意識に壁側を歩かせながら、俺よりも数センチ低い頭に目線を合わせて、ニヤリとしてしまう。
ほわほわとしたちょっと猫っ毛の髪がいつもよりも近い距離で目に入ったからだ。
やわらかそ・・・
毎日毎日、目の前で揺れているこの髪に、何故か憧憬のような想いを感じる。
不意に触れたくなって。
不意に口づけたくなって。
あ~やばいっ。
思わずにやけた口元を隠す。
チラチラとこちらを伺いながら、それでも特に話かけようとはしないアイツの様子が、懐き始めた小動物のように思えて、笑みが抑えきれない。
かわいい、かわいい
触りたい気持ちに拍車がかかって、アイツの頭へ伸ばした手は、前から来た自転車のチリンチリンという音にその目標を変えた。
「おい、あぶねぇ」
これこそ無意識。
腕でもなく、肩でもなく、俺が引いたのはアイツの腰で。
それこそ、アイツとの距離がゼロに近くなる。
余計な肉のついてないそれは女とは違う男の身体だったのに、ズクンッと身体の奥が熱くなるのを感じる。
「わっ、わっ」
バランスを崩したアイツの身体を、グイッとしっかり支えてやると、ぼそぼそとお礼を言ってる声が聞こえた。
俺から見えるのは、うつむいて髪に隠れたこめかみと、真っ赤に染まった耳朶だけで。
俺に小脇に抱えられたアイツの身体と、胸元にしっかりと乙女抱きされている学生かばんの対比が何とも可笑しく感じて、今度こそ俺は笑みを隠せない。
「ぶっ、ははっ」
俺の笑い声を聞きながら、グイッと俺の身体を押したアイツは
「距離感おかしい・・・」
って言いながらも、歩き出す。
俺の横を歩くアイツと俺の距離は、さっきよりグッと近いんだけど。
なぁ、気づいてるのかよ。
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