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#3
右眼がハエに犯されたことは耐えがたく、私は人形の右眼をガラス専用クリーナーで丁寧に洗い、日が暮れるのを待ってから人形を窓際に置き、風に当てて乾かすことにした。ガラスの眼は綺麗になり、むしろはたくだけでは取り切れなかった汚れまで落とすことができ、万事塞翁が馬だなと、私は晴れやかな気持ちで、人形と一緒に夜風を感じていた。私の右眼からも潰れたハエは消え、鮮明な視力を取り戻していた。
窓の外から「これ、どうやって遊んだらいいの?」と小さな女の子が話す声が聞こえてきた。「いいから貸してみ」とどうやら女の子が持っているおもちゃを取り上げる男の子の声がつづいて聞こえてきた。「ああ、これもう無理だわ、返す」と男の子が根を上げたので、女の子はぐずり泣き始めた。「じゃあ、俺もう帰るわ。それ、あきらめな」という声が遠くに聞こえた。女の子がなおもぐずる声が大きくなり、目をこすりながら歩く女の子の姿を、私は窓の向こう側にとらえた。
開け放たれていた私の部屋の窓を、女の子がふいに見上げた。そこには夜風に吹かれた人形が、部屋の灯りを背に、たたずんでいる。人形の澄んだガラスの眼は、月明かりを湛え、麗しく冴えわたっている。
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