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1. プロローグ
漆黒の円柱が立ち並ぶ重厚で広々とした廊下の壁に、ぽつぽつと蝋燭の炎が灯っている。
その灯りに導かれるようにして、冷たい石床に足音を反響させながら進む影が二つあった。
「姫、くれぐれも油断はされませぬよう」
「分かってるわ」
国王より魔王征伐の任を与えられたルナセレネア王国の第三王女ユズリハは、緊張を悟られないようにとあくまで冷静を装う。
けれど、護衛役のゼフィランサスは心配な面持ちのまま告げる。
「姫様に何かあれば……私はお父君であるデュランタ王に合わす顔がございません」
その言葉にユズリハの足がぴたりと止まる。
「少しくらい心配させてやればいいのよ」
「ひ、姫様……?」
ゼフィランサスは自分より一回りも二回りも小さい可憐な姫君へと視線を落とした。
ユズリハはゼフィランサスを振り仰ぐと、ここが魔王の居城だと言うことも忘れて叫んだ。
「だって、ひどすぎるわ!」
「………」
「確かに、結婚は嫌だと言ったわ。それを免れる為なら何でもするって言った。でも、でもよ――」
涙目で訴える。
「何も、魔王征伐を命じることないじゃない!? これでも、れっきとした姫なのよ!?」
これでも、と言ったのは……騎士であるゼフィランサスに剣の稽古をつけてもらったり、城下町へこっそりお忍びで出掛けてトラブルを起こしたりと……姫らしからぬ行動をとっていることを一応は自覚しているからである。
「ねぇ、ゼフィーもそう思うでしょ!?」
「…………」
ゼフィランサスは複雑な心境でその訴えを聞いていた。
というのも――道中、魔王の差し向けた刺客に幾度となく命を狙われてきたが、この可憐な姫君は、「父上の馬鹿~っ!」と叫びながらも、鮮やかな剣技でばっさばっさと敵を薙ぎ倒し、得意の精霊魔法を駆使して数多の魔物達を問答無用で屈服させてきたのである。
ゼフィランサスは、危く存在を忘れるところだった腰の剣を意識する。ルナセレネア城を出てから一度たりとも出番が無かった愛剣は、さぞかし啼いていることだろう。
しかし、そんな思いは胸中へとしまいこむ。
「姫様……お父君も姫様に斯様に酷な任務を与えるおつもりは無かったかと存じます」
話は半月ほど遡る――
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