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部品が理不尽!
暦は5月末。
季節は初夏。
開催されていた体育祭も、もう終わりの時間である。
昼間。熱気が渦巻いていた初夏に入りかけの青空は、赤々とした夕日に染まりだされはじめ、進学校の端くれである県立高校の片付けに騒がしい運動場を夜の帳が訪れるまでの間、太陽の残量ゲージがあとひと目盛に違いないダメ押しみたいな陽光が、運動場に惜しみなく降り注がれていく。
そんな残暑の中、障害物競走で大活躍した平均台の後片付けに励む汗だくの男子高校生ふたりぐみは、トラックの楕円の白線に沿って設営されていたテントを素早く畳んでいく生徒会役員やその関係者、現場作業員として駆り出されこき使われているせいか、面倒くさそうに無給の仕事に励む三年生どもの活躍を横目で見ながら運び続け、やがてたどり着いた木造の古びた体育倉庫の脇まで運び終えたふたりは、降ろした平均台の真ん中に仲良く並んで腰を掛け小休止。ふへー。っと、一息ついていた。
「今日はずっとピーカン照りだったね」
「だな」
おかげで運動と日差しで身体に溜まった暑さのあまりか、二人組の背の低い方が土埃でやや茶色みを帯びた体操着の腹あたりのを捲って、身体を前かがみにそれで額の汗を拭い、それから上記の言葉を件の背の低い方が言い放ち、これにやや座高が高い方。つまりオレが短く応じていた。
「なあ、へそ。見えてるぞ」
「気にしない♪気にしない♪涼しいんだからさ」
相変わらず女の子みたいな白い肌しやがって。
童顔で少女顔で小柄で華奢で、自分と同じ齢十五歳の男子として検分するには些かならぬ覚悟がいる同性の身分として、なにより見た目から女性的だとみられたくない意識が何かと高い八意雲雀という名の幼馴染みの存在というのは、割とオレ的には言葉と態度選びに気を遣う人物なのだ。
「それはそうと、やっぱりクラスの一致団結は一切みられなかったな」
「ううん?ああ、先生が体育祭前に言ってたアレね」
二人組が所属させられている一年B組の担任山本は、配下で手下扱いの副担任の山本Mk2を後ろに並ばせ、オレたちを含むクラス全員を同じ言い回しを駆使して洗脳しようとした一件の話である。
『まだみんな入学してから一ヶ月足らずだが。この体育祭をクラスみんなで手を取り合って団結して一年生優勝を勝ち取ろう!』
この様な短い演説と、それから始まる『団結!』と『スマイル♪』をクラスの標語に勝手にぶち上げ。それ以来何かと言うと『団結!スマイル♪』などと、体育祭の練習やバックアーチ作りの際にだらけがちになると必ず『団結してみんな仲良く!スマイル♪スマイル♪』と度々奴は副担任ともども言い募り、未だパットしないクラスの雰囲気を改善しようと『団結!スマイル!』運動に取り組んでいたのだ。
「でもまあ、さ。あんだけ毎日連呼されると、ヤル気なんてあったとしても一気に萎えるよね」
「大変うざかいですなー」
「そうだね。まさにアレは逆名言の見本だよ」
眼前の問題に然程興味を持たない人々には、単なる雑音にしかならない言葉というのがあるらしい。
しかもそんな言葉を都度都度聞かされるとなれば、もはや聞かされるこちら側としては騒音にしか感じなくなるのは自明の理であった。
ので必然的に、クラス全員のテンションなど上がる余地などなかったのだ。
むしろ、急速に冷めていった。
その象徴がバックアーチに表現されていると言っていい。
なんたってオレらクラスのアーチは、他クラスの勢いや力強さをヒシヒシと感じる武将や虎や龍や有名なアクション系アニメ作品の類とは違い…。
「ありゃ○糞だな」
「野○だね」
オレたちのくすみ切った眼に飛び込んでくるかの図案は、かなり適当に描かれた草むらにトグロを巻く鎌首をもたげた焦げ茶色一色のコブラ。
ならぬ立派な野○ソにしか見えなかったのだ。
しかもそれが割と乱雑にクラスメイト達によって解体されていくのが、何故だか知らないけれど哀しみと可笑しみを同期させてオレの心のうちに芽生えさせてくれるものだから、もうね。オレは死んだ目をした真顔になるしかないんだよ。
そして恐らくは、教室の後ろの壁にデカデカと張り出された『団結!スマイル!』の掲示紙も、無惨な運命を辿っているに違いないと予想できた。
「しかしまさか僕が、実体験として騒音問題に直面させられるとは思わなかったよ♪」
「でもあれで山本は【スマイル先生】ってあだなされて、いつの間にか学校中の人気者になってたのはオレ的には正直意外な現象だったぞ」
「そう?僕にとっては人間なんて所詮そんなもん。って再確認できる貴重な機会だったけどなぁー」
オレみたいな短絡的な人間からしたらヒバリの人生観が達観しすぎていて、つい、返答に窮してしまいがちになる。
「まあなんだ、ピーカン照りと一緒かな」
「ん?」
「いやなに、ピーカン照りのピーカンてなんだ?と思ってな。ピー缶と関係あるのかな?ってなんてな」
雲雀こと、オレ的言い回しでは“ヒバリ”とカタカナで脳内表現されるこいつは瞬時にポカンとした表情になり、ついで小首を丁寧にもゆっくりした動きで右に十二度傾げてから数秒なにかしら思考を巡らせてから口を開いた。
「ああ、突然なにかと思ったよ。ピーナツの缶詰とピーカン照りが関係あるのかって話だね」
「そうだ」
ほら、盆暮れ正月にばあちゃん家へ行くだろ。するとだな。よくオレたち兄妹のためにオヤツを用意してくれてんだよ婆ちゃんが、そん中に決まって皮付きのピーナツがいっぱい入った大きな缶詰があるんだよ。それとピーカンに関係性があるのかと思ってな。
オレは身振り手振りを大い駆使しつつ、ヒバリのよく分からなかった話から逃避するように一所懸命になって、これまたよくわからない話題を彼に提議してしまっていた。
「僕はおばあちゃんと同居だからその感覚はわからないや。でもどうだろう?ピーカン照りの意味なんて考えたことないからわからないや。なんなら調べてみようか?」
「頼む。それにしても喉が乾いたな。この近くに水飲み場はないのか?」
「体育館の裏手にはあるけど、それなら体育館横の自販機の方が冷たくて良いでしょ。買ってくるよ」
そう言いながらヒバリは、ん。と左手を出してなにやら催促してきた。
「払うのは自分の分だけだぞ。それが古来からの日本のルールだ」
「そんなルールは知らないな〜。それに僕、今は君の依頼でピーカンについて目下調査中な上、パシリを買って出てあげてるんだよ?だからその代金として、はい!」
ついっとグイッと顔面中央部、鼻先あたりに再度突き出された左手の殺気を察したオレは、右手でスマホを華麗に操作中のコイツの勤勉さにも免じて、尻のポケットに突っ込んだままの中身に乏しい小さな黒い折りたたみ財布から百円玉を2枚摘み上げ、代価を請求する小癪な者へと不本意ながら手渡していた。
「そいやお前、いつもスマホ持ちあるいてるよな。校則違反だぞ。ちゃんと教室の個人ロッカーに電源切って放課後まで保管しとけよ」
「んー。スマホは僕の唯一の友達だから♪」
「待て、オレは友達ではないって口振りなんだが?」
こんなにあなたに尽くしたのに!とばかりにオレは、空になった財布の中身を見せつけてやる。
「ごちそうさま♪まあ、いいじゃない。僕はそうね、スマホがなければ生きていけないスマホ依存症気味の少年なんだよ♪てことにしておいて♪」
俺の問いかけもろくに答えず、ヒバリは意味不明な供述を残してスタコラサッサと聖なる飲料水を対価で持って吐き出してくれる機械。まるで古代エジプトの寺院に存在したとされる自販機の始祖にして、【聖水】を5ドラクマ硬貨を投入することで自動で販売してくれる古代の自販機と、技術の思想的には同じ仕組みを持つ現代版自動販売機に向かって踊るように駆けていった。
そんな後ろ姿美少女な奴をなんとはなしに見送ったオレはこの直後、あるヤバイ事実に気付かされる運命が待ち構えていた。
「あっ!飲みたいジュースあいつに指定するの忘れてたわ…」
そんな痛恨の極みみたいな腹から絞り出す声をオレは、ため息混じりに吐いていたのだ。
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