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「翔!翔はどこだ!?」
イキナリ引き戸をバシン!と開け、雄叫びじみた問い掛けで以て闖入してきた不審者に武道場の生徒たちが一斉に珍奇の眼を向けた。
「う、うちならここだよ優くん」
オレが探し求めていた人物は武道場の端っこに設置中の折りたたみ式長机に、よく見かけるタイプのオーソドックスな封筒と、よく見かけないタイプの平べったい金属部品を置いて、か細い声でオレに呼びかけてきて、さらには小さく可愛く手招きしているのを覚知した。
「お、おお…そこに居たのか」
「急にどうしたの?なにかあった?」
ポワッとした表情の、でもちょっとだけ丸顔で目がくりくりした誰が見ても愛嬌がある可愛らしい顔立ちの少女が、体育祭を終えたばかりの少し汚れた体操服まま所在なげに眉毛を下向きにして立っていた。
「…えっ?なにかあったって、ヒバリから翔が困っているって聞いたから…。って、なんでみんなオレのこと見てんの?」
今になって生徒会に使役される一般庶民どもの痛い子を発見したと言わんばかりの冷えた視線を感じ取り、その自分にロックオンした目線を避けるようにして、目標であり目的地である同い年(15歳)で別クラスの“大空翔”のもとへと競歩っぽく足早で近づいて行った。
「えっ?困ってるってなんで知ってるの?」
「…ヒバリから聞いたんだ」
「そいや、さっき覗きにきてたねヒバリくん」
お互いそんな会話をしつつ、ひと目を避け長机の影に隠れるようにしゃがみこみ、彼女の困ってます。とした眼差しを真っ直ぐに受けたオレは恥ずかしさのあまり思わず目を逸らしたまま言葉を紡いでいくことにした。
「で、一体なにが翔の頭を悩ませてるんだ?」
「あ、うん。この鉄の板…がね」
周りの注視を気にしキョロキョロしながら、まるで小動物が捕食を恐れるような仕草で長机の上に顔を半分だけだし、小さな両の手の人差し指で指したのは件の封筒と、何かしらの機械を構成していたはずの金属部品と思わしき平たくところどころ切れ込みの入った台形の板だった。
この2つの内で正体が判然としてるのは、差出人である生徒会と学校名と住所印の三点セットに行き先と切手が丁寧に貼られたありふれた封筒。
そして、いくら眺め見ても正体のわからぬ翔的には“鉄”らしいアルミ合金っポイ謎の板。
「んで、これをどうしろと?」
「送るの?」
「なぜに疑問形?」
「んーん。うちもよくわかんないの。たぶんこの鉄をメーカーに送付するんだと思うんだけど…」
「…そうか、ちなみに聞くがどこのメーカーに送付するんだ?機械の種類とか名称は聞いてるか?」
「それ忘れちゃって、ごめんね」
「前も言ったが、今度からはちゃんとメモ取れよ」
「はい」
常日頃からこんな風にポヤポヤしてる翔は、ヒバリとは違う意味で同い年の女の子とは思えない。
というか、ナゼにいつもこんな抜けた感じの翔が、生徒会役員にクラス選出されたのかもよくわからない。
「はい♪走ってきたから喉乾いたでしょう?購買部の売れ残りをさっき買ったの♪一緒に飲も?」
……なるほど。普段からこういう気の利くところがあるから選ばれたんだな。
たぶん言葉巧みに買わされたに違いない体育祭の父兄や一般観覧者向けの出店用に仕入れただろう売れ残りの、先ずコンビニやスーパーではお目にかかれそうも無い、今どき珍しい250mmの見たこともない銘柄のオレンジジュース缶を二人でカシュッカシュッとプルタブを開け、仲良く口をつける。
そう言えば、大枚は炊いて手にした銘柄も知らなかったペットボトルが、いつの間にか手から消えていることに今になって気付かされた。
全力疾走した時、どっかに落としたかな。
「美味しいね♪」
そう微笑みながらオレを楽しそうに見つめる、気さくで見目麗しく愛嬌まである少女。
おい、みんな知ってるか?
この子。【武神翔】は三日前、オレの彼女になってくれたんだぜ。
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