部品が理不尽!

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 翌日。早朝05:15分。 「(わし)は舞い降りた!」  自転車で軽く駅前のロータリを一周したあと、礼儀正しく自転車置き場に止めて鍵かけて、駅舎入口の短い階段を登り切った先で身体を横に右回転させながらジャンプ。  駅舎に背を向けロータリー側に向かって両手を広げて着地して、優乃が高々と叫んだ言葉がこれだった。 「朝っぱらからなにしてんのさ」  クマの小さなぬいぐるみをぶら下げたピンクリュックを背負ったヒバリが、眠たそうな眼をこすりながらゆっくり階段を上がってくる。 「なにってお前、出撃前の儀式だよ」 「“鷲は舞い降りた”って、ジャック・ヒギンズの小説だよね」 「そんな外国人知らんが、気合が入るだろ?」 「…優乃は一体誰を暗殺しに行くのさ。僕らは“日の丸金属”に行くんだからね。ちゃんとわかってる?」  ヒバリはクルクル愉しげに、両手を水平にして回りながら、自ら企画した小旅行の始まりに浮かれている親友を(たしな)める。 「誰も暗殺しになんかいかねーよ。てか“鷲は舞い降りた”って小説があるんだな。へぇ~面白い?」 「名作だよ。映画やラジオドラマもあった筈だよ」  心底知らなかったらしい。  というか優乃は、報道・戦場カメラマンで有名な人が書いた本のタイトルを、その叫びの元ネタとしていた事をあとから知った。  確かにこっちもすっごく面白いけどさ。  他の乗客予定者の駅舎入場の邪魔をするように、開かれた両開きで固定されたガラス張りの扉の狭間で優乃は、引き締まった身体で金剛力士像(右側の口開けた方の阿形(あぎょう)さん)立ちでポーズを決めながら、ヒバリの話を聞く姿勢を示してくれていた。 「……もしかしてそれ、僕もやらなきゃダメなやつ?」 「参加することに意義がある」 「ないと思うけどね」  ヒバリそう言いながらも優乃阿形の左側に回って、よく歴史の教科書に乗ってる“吽形(うんぎょう)”の金剛力士像の立ち姿になった。  いきなり駅舎正面に現出した金剛力士像モドキ2体。  幸い、こんな早朝のなかの早朝に、電車に乗り込もうと考える人はほとんど居らず、優乃とヒバリの言いしれぬ存在感によって不利益を体感的に被る者は居なかったが、外で掃除に勤しんでいる初老の駅員からの極寒期のような冷え切った視線は流石に痛かった。  カシャ!  トドメに自撮りまでされた。 「他所(よそ)に出さないでよ?」 「もちろんだ。翔にだけ送るから安心しろ」 「やめてくれない?」 「面白くなるから、やだ」  そうして速やかに送信された。  たぶんまだ寝てるだろう翔が、目覚めてスマホを開いたら、見せ付けられるのが僕ら二人の金剛力士なりきり像。 「それって地獄じゃない?」 「地獄なもんか。めっちゃ喜ぶに決まってる!」 「あの子は趣味人だからねぇ…」 「薄い本が厚くなりまくりだな♪」  大空翔は腐女子である。蔵書はたぶん数百冊は軽く超えるだろう。小学生の頃からの戦果である。  これを二十四の瞳ならぬ両親の4つの眼から守るため、部屋のアチコチに女子ならでは知恵をめぐらし、細工を施し、薄い本をジャンル別に分けて隠蔽しまくっているのだから家主の親としてはたまらない。  ついでに描いてもいるらしい。 「いつもオットリしててしゃべるのも遅いのに、好きなことだとスッゴク饒舌になるからカワイイよな♪」 「ヲタクってばそんなもんでしょ。それより僕は君に言いたいことがあるだけどいいかな?」  はて、なんだろ?  優乃は首を傾げる。 「駅前集合とか言っときながら、朝四時にヒバリを起こしに行って支度を急かしたことかしらん?」 「それもあるけど違うよ。腹立たしいけど」  家が隣だからって、ひどい話だよ。  ヒバリは優乃の頬を平手打ちしたい気持ちが溢れそうになる。 「じゃなくて、ほら、これみてご覧なさい!」 「ヒバリの女装姿をか?」 「僕の服装は孫娘が欲しかったおばあちゃんの趣味だからどうでもいいの。はい、時刻表だよ」  ヒバリはそう言いつつ、自分のスマホの画面をみせつける。  実はヒバリの格好は、今どき流行りのナウでヤングな男子高校生の出で立ちではなかった。  セーラー衿の白黒チェックブラウス、薄手でハイウェストでジーンズ生地のショートパンツに、シースルーソックスと黒に白線が斜めに入った厚底スニーカー。  まさに、かわいい女子中学生が選びそうなコーデであった。 「流石にスカートは拒否ってるけどさ、もう!いいからチャッチャと読んで!」 「家だとスカートはいてるけどな」 「ごめんね!読め!」  駅舎の中に入りながらヒバリは時刻表が表示された自分のスマホを優乃に押し付けて、後ろを恥ずかしそうに振り返る。  さっき二人に冷めた視線を送り続けていた駅員が、まだ時折こちらの様子をチラチラ眺めてくる確認した。  あ〜あ。絶対頭の浮かれたカップルが変なことしてると思われたよ。  正面に向き直ったヒバリは優乃の背中を追いながら嘆息する。  そして自身の顔や身体が小柄で華奢で、どこからどう見ても女の子然とした仕様になっている事実を恨んだ。  ドン。  わっ! 「突然止まってあぶないじゃないか!鼻、凹んだかと思ったよ!」  鼻っ面を抑えて顔を真っ赤にしながら抗議すると、悪びれない優乃は右手の人差し指を電光掲示板に向けこう言った。 「05:44発 特急しおかぜ5号 岡山行。途中で乗り換えれば楽勝だろ?」 「ねぇ、鈍行(普通列車)と特急の違いくらいわかって?」 「??」 「うん、あとで説明するよ」  こうして二人の旅は初っ端からつまづいた。  始発の、ちゃんとした鈍行が来る時間は06:14。  現在時刻05:20。  それまでの約一時間どうやって暇をつぶすのか、前日に時刻表のチェックくらいしときゃよかった。との後悔ともどもヒバリはまた、頭を抱えることとなってしまったのだ。            
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