月曜日が好きになる魔法

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ある日の朝、いつもより少し遅く家を出ると普段は引っかからない踏切で踏切の閉まる音が鳴り出した。 慌てて走り出そうとした俺の目の前には、ベビーカーを押しているお母さんがこちらに向かって踏切を渡り切ろうとしている姿がある。 「あっ…」 線路内でベビーカーのタイヤが取られたのか、立ち往生してしまっている。 「急がなきゃ…」 そう思って走り出そうとした時、踏切の中へ躊躇なく入っていく制服姿の男子が現れた。 彼は、慌てることなく冷静にベビーカーのタイヤを線路から外すと、しっかりと抱き抱え線路の外へと出て来る。 お母さんが後に続いて走って来ると、彼は抱えていたベビーカーをゆっくりと地面へ下ろした。 「ありがとうございます」 「いえ、無事で良かったです」 「本当にありがとうございます」 お母さんは何度も何度も頭を下げてお礼を言っている。 彼は柔らかい表情で微笑みながら、ベビーカーにいる赤ちゃんの伸ばす手に自分の右手の人差し指を差し出すと、その指を赤ちゃんがギュッと握っていた。 電車がガタンガタンと音を立てながら走り去っていき、遮断機が上がる。 「じゃあ、俺はこれで」 「本当にありがとうございました」 軽くお辞儀をして赤ちゃんに手を振ると、彼は線路の向こう側へと消えて行った。 電車が通り過ぎる時のぶわっとした風のような衝撃が、俺の胸の中に広がった。 あの日から、家を出る時間帯を変えた。 また会いたいという思いで踏切までの道のりを歩いても、そう簡単に事は進まない。 彼には毎日会える訳ではなく、姿を見つけるのは決まって月曜日の朝だった。 今日は月曜日。 会えるかわからないけれど、昨日買ってキンキンに冷やしてあったカルピスウォーターを手に持ちながら、踏切までやってきた。 いつものように踏切の閉まる音が鳴り響くと、目の前に彼の姿を見つける。 ドキドキする胸を抑え込むようにペットボトルを握る手に力が入った。 それと同時にゆっくりと近づいていく。 「あのっ…」 踏切の音にかき消されないように背中から声を掛けると、彼がそっと振り返る。 「俺…、だよね?」 キョロキョロと周りを見渡してそこにいるのが俺と彼の二人だということを認識すると、自分を指差して問いかけられ、俺は首を縦に振った。 「これ、どうぞ」 震える手でカルピスウォーターを差し出せば、一瞬驚いた表情をした彼が腕を伸ばしてそれを受け取ってくれる。 「おっ、キンキンに冷えてる」 「毎日暑いから」 「確かに。これ、飲んでいい?」 「どうぞ」 ペットボトルの蓋を開けると、グビグビとカルピスウォーターを飲んでいる彼の喉仏の動きから目が離せなくなってしまう。 「あーっ、美味しい! 君も飲む?」 半分くらい飲み終えたところで、彼がペットボトルを差し出してきたから、俺はカバンの中にあるカルピスウォーターを取り出すことはせずに、それを受け取った。 口付けてグイッと飲み干すと、 「これ、何か俺たちみたいじゃない?」 「えっ?」 「今日は月曜日だし」 「あっ…」 俺の飲み干したペットボトルを彼が目線の高さまで上げてニカッと笑う。 その笑顔がとても眩しかった。 週始まりの月曜日は苦手だったけど、きっとこれからは月曜日が待ち遠しくなる。 それは彼との時間が動き出したから。
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