大好きなひと

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「でも、俺の知らない佐奈を見られて嬉しいよ。いつもとは違う可愛さが新鮮だったな」 「そ、そうかな」  横顔は嬉しそうだが、からかっている風でもない。彼のさらりとしたひと言で、兄への恨み言など全部引っ込んでしまう。 (私に比べて、東野君は大人になったなあ)  社会人らしく短くした髪型のせいばかりではなく、学生の頃とは別の雰囲気が漂っている。  東野君は大学卒業後、コーヒーを専門に扱う企業に就職した。  営業部に配属された彼は、コーヒーの原産地買い付けから始まり、輸入、焙煎やブレンドなど工場での製造、店頭での販売、カフェの展開まで、コーヒーに関するあらゆる需要を肌で感じることができると、生き生きと話してくれる。  将来、自分の店を持つという夢を抱きつつ、今は勉強と経験を積み重ねることに集中しているのだ。  仕事中の彼をまだ見たことはないけれど、きっと、とても素敵なんだろうと想像できる。ひたむきで、まっすぐな彼がとても好きだから。  山道を上がるにつれ季節も逆戻り、冬っぽい景色になっていく。  私は車窓に目をやりながら、東野君と故郷に来ると決めた日を思い出していた。
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