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2月半ばの寒い夜で、雪がちらちらと舞っていた。いつものように東野珈琲店でお喋りをしている途中、彼が不意に申し出たのだ。
『春に、佐奈のご両親に挨拶に行きたい』
どきっとして、その意味を訊こうとして、口ごもった。
東野君の眼差しは、学生の頃とは違っている。何が違うと言われても困るけれど、それはおそらく、社会に関わっている人の持つ、現実的な何かだと思う。
だけど、緊張の面持ちで見返す私に、東野君はやわらかく微笑んだ。
『そんなに身構えないで。自己紹介したいだけだよ』
『自己……紹介?』
『そう。こんな奴が、娘さんとお付き合いしていますよって、ね』
その時、東野君はスーツ姿だった。仕事から帰ったばかりで、少しだけ疲れた様子だったけれど、それが私にはどきどきするほどの魅力だった。
これまでにない彼からの申し出に、じわじわと嬉しさがこみ上げて、すぐに実家に連絡した。両親は喜んで承知してくれた。
考えてみれば、叔母から東野君のことをいろいろ聞いているから、驚かなかったのかもしれない。もしも、将来に関わる訪問だとしても、私の家族は東野君を歓迎する。
その夜は胸が昂り、異様に興奮して、眠れなかった。
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