唸るバンゴB

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唸るバンゴB

「既に女達は俺達を追っている。だが、やっぱりレイク・バシングに浸りたい釣りアホのこれは業とも言える。星無(ほしなし)ん所の居候(四月一日)にいいポイントを聞いた。ポンポン上げて更に場所を移動しよう。オープンフラットを縦割れ鉄板ザラで斬獲だ」 キャンプ場から逃げ出した勘解由小路は、湖上にいておっさん達に言った。 「こっちの釣りには慣れてないんだけどな。アースツーじゃのべ竿か精々フライロッドだぞ。この卵形の道具がリール?フライリールに似てるなこれ」 バスのベイトリールとフライリールは構造がほぼ同一だった。 昔、魔王が作った文化遺産の1つだった。 「かーー魔王の奴はフライをカッコいい止まりだったな。貸すのは俺のサブタックルだ。シェイクスピアのワンダロッドにプレジデントⅡだ。使い方は教えた通りで行け。ぶっちゃけレアだぞ。俺は順当にハトスティックのHMモデルだ。島原はメガバスのバンブーショートロッドにアンバサのゼル・ローランドモデル。正男はスプラッシュ・クラブのクレイジー60にダイワのミリオネア5000だ。この時点でもう完全に趣味の世界だ。レイクバシングじゃあ有り得んラインナップだ。大体誰が理解出来ているかも解らん」 もう完全にバス釣りを知らない人間には解らない世界だった。 しかも、か、って何だよだから。 「子供の頃、親父がフカセ釣りをしていたのは知っている。バスを狙うのは初めてだ」 島原の父親は、海釣り専門だった。 「今日はお遊びだ。何だっていい。よし!SCサブマリン投げまくるぞ。どう考えても発泡ボディーヘドンのベビトー(ベビー・トーピード)のコピールアーだ。勘解由小路!どうだ?」 「ベイトを盛んに追ってるから行けそうだ!よし!行け!メガ・フォックスV!自動巻きの威力を見ろ!」 超小型の電動リールが唸りを上げていた。 やかましいおっさん達だなあ。釣りは静かにやるもんだろうが。 慣れないタックルを手に、ジョナサンはクルーザーの縁に立った。 ブラック・バスの生態と習性は学んだ。 ただ、理論と実践は違うのも解っている。 ルアーか。フィッシュイーターをこんなおもちゃみたいなもので釣るのかあ。 強化したジョナサンの目が、湖面水深3メートルでワカサギを追う50オーバーのバスを捉えた。 「ほう。今更か。バンゴBか。これで釣ったらお前は菊本だ。グデブロットのビッピー投げてる正男はそれで釣ったらノリピーを名乗れ」 何が何だか。 何年か前のバスクラシックで、バンゴBで大物を釣り上げたエバーグリーンの菊本プロがいたことも、グデブロットのビッピーと言えば田辺哲男(ノリピー)と言うことも、ジョナサンは知らなかった。 シェイクスピアのプレジデントⅡは右巻きハンドルの、黒光りするメタルフレームが重厚な味わいのクラシックリールだ。 最近では普通の(勿論ジョナサンは知らない)マグネットブレーキも遠心ブレーキもない。 スプールフレームの右に、ちょこんと出っ張ったクラッチを押しスプールを解放、サミングしていた親指を離し、ロッドをスリークオーターに振るい、ロッドのしなりがルアーに伝わり、大振りな40グラムを越えたルアーを引っ張り、バンゴBは湖面上を滑るように飛翔した。 ジョナサンはバスの向こう6メートルにルアーを着水させた。 キャストから着水まではほぼパーフェクト。 バスフィッシングの歴史を知らないジョナサンは、その性格もあって、見事な、歴史を超越(リープ)したアングラーと言ってよかった。 ハンドルを回すとクラッチが解放され、レベルワインダーが左右に動き、フロロの12ポンドラインを巻き、大きめのリップが水面を捉え、強めに振動しながらルアーは湖面を潜航していった。 来るかな?アピールはよさそうだなバンゴBって。Aとかあるのかな? ビックリするほど、正確にバスの鼻先をルアーが横切り、反射的に、バスが食いついた。 「うおう!来た!来たぞ!」 「おう!やったな菊本!これで準優勝だ!」 「クソ!またコバチかよ!オバハン(オーバーハング)の下で着水バイトでこれかよ!」 「安定のノリピーだなお前は。お?島原、お前も食ってるぞ?ワームだが。ゆっくり大きく合わせろ」 「ああ!何だこれは?!」 「あー。多分アメキャ(アメリカナマズ)だ。この辺にまで入り込んでるのか。霞ヶ浦じゃ入れ食いだぞ?」 それそれが魚と格闘し、ジョナサンが釣り上げたバスが1番大きかった。 「よくやったぞジョナサン。お前を魚釣(うおつ)り勇者と呼んでやろう」 「やかましいゴーマ。お前がコッソリ釣ったのは何だ?」 「あん?ああ縦浮きのダイイングクイバー(死にかけのプルプルペンシル)で釣った40アップだ。正男はコバチ、島原は外道って順当だな。このまま湖面を斬獲だ。ハードプラグで釣れそうな奴を片っ端から拾って」 その時、耳をつんざくヘリのローター音と共に、出鱈目が降り立とうとしていた。 「うお!マコマコどうやってここに?!」 スピーカーから真琴の声が聞こえた。 「降魔さんのお知り合いに片っ端から声をかけました。四月一日さんがバスの秘密のポイントをここと。降魔さん降魔さん♡マコマコは赤ちゃんがほちいでちゅ♡」 スカートの下は安定のノーパンだった。 脱いだ紐パンを振った真琴の足の付け根を穴が空くほど見上げ、血を吐くように勘解由小路は言った。 「済まんマコマコ!今回はホントにエロはなしだ!だってここんところジョナサンだの俺だのが嫁とエロエロだった所為で完全に読者にそっぽを向かれている!」 「メタ酷すぎねえか?大体それでルオタ(ルアーオタク)展開って、余計理解されてねえぞ?今更バンゴBとか言ってどうする」 「お前達がしょっちゅう子作りしてるのも今更だぞ?」 「ああ!ああああああああ!マコマコのアリスちゃん最高だが今回だけは駄目だ!」 「マー君ただいまだす!ハナちゃんが来たるでじ!」 「う、うおおおおおおう!ハナちゃ」 正男を殴り倒して勘解由小路は空間を皹割った。 「俺達は健全におっさんのキャンプを楽しむんだ邪魔しないでお願い!」 真琴と涼白さんがクルーザーの甲板に降り立った時、もうそこには誰もいなかった。
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