出勤前

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出勤前

 浴びる程に「好き」と言われたい。愛情の海に沈んで、溺れて、死にそうなぐらい強く乞われてみたい。私だけが、欲しいって。  桃色の世界。白い人影が、こちらへおいでと言うように両手を広げる。迷いなくそこへ飛び込んだ瞬間、すっと意識が浮上した。  また、妄想の塊のような夢を見ていたらしい。窓の外が明るい。鳥の声がする。すっかり朝だ。  ルチルは、寝ぼけ眼のまま、「よいしょ」という掛け声と共に寮のベッドから起き上がった。  ルームメイトの気配は既に無い。あくびをかみ殺しながら、壁際の鏡の前へ移動する。  愛らしいピンクがかった薔薇色の瞳が、ルチル自身をしげしげと覗き込んでいた。肩下まで届く透き通るような金髪は、寝癖で跳ね返っていて、残念ながら、手櫛だけでは整いそうにない。 「あーぁ」  荒れた指先で顔の輪郭をなぞる。最近、若い頃から長く使っている化粧品が合わなくなってきた。ハリも減った。ため息と小皺だけが増えた。 「私も、もうすぐ三十歳か」
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