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傘と黒髪
歓楽街の路地裏で、僕と同じ高校の制服を着た男子が立ちすくんでいた。土砂降りの夕立の中、傘もささずに、ずぶ濡れになって曇天を仰いでいる。
知らない顔ではなかった。でも僕はすぐに傘を差し出すこともせず、雨に打たれるその横顔にしばらく見惚れていた。じっとりと濡れた黒い髪から、ぽたぽたと水滴が落ちた。
重たい雷鳴が轟いたのを合図に、僕は彼に歩み寄った。
彼は僕より少し背が低い。黙って傘に入れてやると、ハッとしたように僕を見た。
しばらくお互いに無言で見つめ合っていた。
「……こんなとこに制服で来るなよ」
静寂を破ったのは彼の方だった。つい、と視線を逸らして、唇を噛んでいた。
「それは、きみもでしょ」
細い腕を優しく引いてやると、彼は抵抗もせずに大人しくついてきた。
大雨のせいでひと気の少ない道を、僕たちは会話もせず歩いて行った。
近くの駅まで連れてくると、彼はぼそぼそと言った。
「ありがとう」
僕は頷いた。
彼の後ろ姿が改札口を通ってホームに出るまで、ぼんやりと眺めていた。
華奢で小綺麗な見た目をしたクラスメイトの彼の事情を、知らないわけではなかった。彼は……久遠は、教室では明るくて人当たりの良い優等生だ。眉目秀麗、文武両道を地で行く完璧な生徒という印象が大きい。ただ一人、僕だけは彼のとある事情を知っている。

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