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中谷さんに改めて助けを求めてみるが、今度は完全にスルーされる。もう担当は私で決まってしまっているらしかった。
「いらっしゃいませ……」
もう来るな、とまで思った客だ。普段意識して上げているトーンが上がり切らなかった。低い声が出てしまう。不機嫌に映らないようにと、顔だけはなんとか笑顔を繕った。
「……はい」
「本日は、昨日の続きでしょうか。とにかくこちらへどうぞ」
昨日とまったく同じカウンター席に男を通す。
「えっと、気になる物件がありましたか?」
「………」
「あの、どうされました」
「……資料を、もう三十件ほど貰えませんか」
「……えーと、はい。少々お待ちください」
本当は渡さなくてもいいかな、と思った。そもそも昨日山ほど持って帰った資料たちはどうしてしまったのだろう。
でもそう言える立場ではない。煮えかえりそうになるなにかを自制しつつ、資料棚から昨日とは別物件の資料を引き出してくる。かなり雑な選出だ、条件にぴったりな物件は昨日ほとんど出し尽くしてしまった。
資料を渡すと、男は昨日と同じようにまた顔を近づけて「邪魔するな」オーラを発しながら自分の世界に入っていく。
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