吠えない犬

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リビングには朝日が差し込んでいた。テーブルの上に置いた空の花瓶に反射して、きらきらと眩しい。太陽が朝を告げていた。だが、おちおち見とれてはいられない。冷蔵庫を開けて入っていたボトルの野菜ジュースをじかに飲み干す。ついで、積まれた菓子パンの中から一つを選んで鞄に突っ込んだ。 冷蔵庫なら足の早い菓子パンでも長持ちするのだ、個人的な感覚では。仕事終わりにスーパーで賞味期限切れ間際のパンを買ってきては、冷蔵庫に放り込んでいる。料理は全く出来ない。昼ごはんは菓子パンだし、夜ごはんは外食かあり合わせの惣菜だ。 「あーもう、なんなの!」 玄関で靴をつっかける。焦っている時ほど時間がかかるのが苛立ちを助長する。ようやくかかとが収まって、大きくため息をひとつつく。 「……行ってくる」 さっきも言ったように、もちろんアパートの狭い部屋には他に誰もいない。これは小さい頃からの癖だ。誰もいない家にも挨拶をする。最近は、あの大人しい犬に挨拶しているのだと考えるようにしている。
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