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今度もばれないように下を向き、長く幅のある髪で顔を隠す。このダメージヘアの意外な用途を見つけた。素知らぬふりでその前を通り過ぎて、店に入る。ぎりぎりでタイムカードを切った。
「おはようございます」
「おはよう……もう来てるよ」
「……はい、来るときに見ました。すぐに行きます」
「頑張ってきて」
中谷さんの激励に、よし、とひとつ自分に気合を入れる。もし横を通り過ぎたのをばれてしまっていたら困る。さっきとは別人を気取らなければならないと思って、髪を耳にかけバレッタで後ろ髪をまとめた。
今度は店の前扉から出て、まるで今し方気づいたかのように男の前へ。しかし男は眼鏡が落ちるんじゃないかと思うほどのめり込んで携帯電話を見ていて、こちらに気がつかない。何度か「おはようございます」と呼びかけても反応しないから、最後はほとんど叫ぶような声で呼びかけるとようやく反応した。私の声を100とするなら10にも満たない小さな声で、お決まりに「……はい」と。
「おはようございます。お早いですね」
「……おはようございます」
「新田様ですね。今日はよろしくお願いします。では行きましょうか」
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