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「ここは比較的新しいタイプの家なので、お湯の温度は自動調節になっています。湯船の保温機能も十分かと」
「……はい、色々見てみます」
「ごゆっくりと」
男は風呂場をぐるりと見回す。そこまではよかった。
が、そこからが「異常」だった。ポッケからメジャーを取り出すと、浴室の端から端までを測り始めたのだ。それだけでは終わらない。備え付けの洗面具やシャワーのホースの長さまでを細かく測る。そしてぼそぼそと口元を動かし、なにやら計算らしきことまで。浴槽や天井、換気扇、あらゆるものを測っていく。十五分以上もそれが続いた。
このペースで行くと、今日一日この一件だけの内見でかかってしまいそうだ。三件一気に回るつもりで手を回していたのに。
私は呆然と男を見続ける。その間あまりに所在なく、ついに
「あの、なにをしているんですか」と問いかけた。男はメジャーの手を止め、私をじっと見据える。しばらくそうしてから、
「測量と計算です。細かく見ておきたいんです」
かなり大きな声で返事があった。少し上ずっているようにも聞こえた。それが男にとっては、楽しいらしい。
「はぁ、そうですか。なるほど」
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