吠えない犬

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私には全く理解できなかった。計算ってなんの計算なんだろう。前から「分かり合えない」とは思っていたことではあるが、改めてそう思わされた。自分から聞いておいて、全く興味を惹かれない。 「……少し手伝ってもらえませんか」しかし男にはどう見えたのか、とにかく私が興味を示したと思ったらしかった。 「……はい、構いません。なにをでしょう」これは仕事だ。いつものごとく自分に言い聞かせる。嫌だ、じゃ済まされないのは重々である。 「もうひとつメジャーがあるので、手伝ってもらいたいです」 「でも私、計算とか苦手で」 そう言いながらも、全く邪険にするわけにもいかず男から手渡されたメジャーを受け取る。複雑な計算は、私には出来ない。簡単な足し算や引き算が限度だ。いわゆる四則演算はとくに苦手で、正解を出せる方が稀だった。中でも小数点や分数は大の苦手。中学の夏休みの宿題がそればっかりだった時は、同級生がやっていたのを頼み込んで全て写させてもらった。 「大丈夫です。高校出ていたら、計算できるような内容です」 「いえ。……私は高校を出ていません」
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