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吠えない犬
吠えない犬(一)
「うーん…………」
ぼさぼさの髪を無理矢理、櫛でとかす。如何せん急がなければ、出社時間に遅れてしまう。立ち鏡での身だしなみチェックも最低限しておいて、これならぎりぎり上司の逆鱗に触れずに済みそうという状態。無理に引っ張って抜けてしまった髪の毛がスーツに落ちたのを手で払いつつ、あわててリビングに戻る。
笹川舞の朝はいつもこう。絶賛独り身。
誰も私を起こしてはくれない。毎日、寝坊との戦いだ。これではいけない、と一念発起して買った犬の目覚まし時計は、買ってしばらくした頃に寝ぼけてベッドから落とした。以来一度も吠えていない。
もう八時五十分を指している掛け時計を睨む。あと十分後には、職場に着いてタイムカードを切っていたい。一分の遅れでも遅刻と記録されてしまって、ただでさえ少ない給料から一時間分の減給を食らう。これは結構痛い。
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