羽衣をまとう女

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 同時刻、岐阜県飛騨市、旧神岡鉱山の地下深くにあるKAGRA(カグラ)の観測室内では宿直の研究員が興奮した表情でコンピューターのキーボードを操作していた。  緊急招集の放送で呼び出された他の研究員たちが次々に部屋へ飛び込んで来る。やや年配の室長が宿直の若い研究員の肩口からスクリーンをのぞき込む。 「エネルギー指数は?」 「今計算中です」  部屋の隅で2台の固定電話が数秒の間隔を空けて鳴った。近くにいた他の研究員たちが受話器を取る。その二人の研究員は英語で相手と早口でやり取りを始めた。  スクリーンからピッという音がして数字が画面に映し出された。宿直の研究員が室長に告げる。 「出ました。え? 87.69」  室長は体中の力を抜いて、笑い顔で言う。 「やれやれ、計器の誤作動か。そんな重力波があるわけはない。今までに観測された重力波の最高でも3.0だ。だからもっと試験運用をやるべきだと言っていたのに、政府の素人どもが急かすから」  宿直の研究員も、気が抜けたという顔で室長に訊く。 「エラーなんですか?」 「当然だ。こんなエネルギー指数の重力波が出ているなら、とてつもないガンマー線バーストでとっくに地球全体がローストビーフみたいになってるよ。とは言え、一応規則だからな。おい、君たち」  室長は固定電話の受話器を握っている二人の研究員に向かって言った。 「その通話が終わったら、米国のLIGO(ライゴ)とイタリアのVirgo(ヴィルゴ)に連絡を取れ。このデータが誤作動の結果だと確認しなきゃならん」  うち一人がやや青ざめた顔で室長に告げる。 「その米国のライゴからの電話なんです。理論上あり得ない数値の重力波を示すデータが出た。装置の誤作動だと思うので、こちらの観測記録を送れと言ってます」  もう一人の受話器を持った研究員も唇を震わせながら室長に言った。 「こっちはイタリアのヴィルゴからの緊急連絡です。全く同じ事を訊いて来ています」  室長の顔が青ざめた。そして部屋にいる全員に叫んだ。 「地上の様子をメインモニターに出せ! 誰かネットのニュースサイトをチェックしてくれ!」  部屋の大型モニターに映し出された地上の様子は特に変わった様子はなかった。ケーブルテレビやネットのニュースでも、何も特別な事が起きているという情報はなかった。  室長は呆然とした顔でメインモニターを見つめながらつぶやいた。 「こんな事があるはずがない。宇宙空間で一体何が起こっているんだ」  室長の目に見えるのは、メインモニターに映し出された夜空の中で、満月が静かに輝いている光景だけだった。
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